唯花の声で聞きたい(side湊)
今まで生きてきた中で、これほどまでに相対性理論を感じたことはなかった。
試合期間もさながら、東京に戻ってからも学校で校長先生や教頭先生に褒められたり、学校新聞の取材を受けたり、新聞の取材を受けたりといった時間は永遠にさえも感じられて、終わった時間が夕方、というのは逆に信じられなかった。
あんなに長く感じたのにまだ夕方だったのか、みたいな。
それはともかく、解放されたのなら急いで帰らなければならない。
早く写真でもなく、電話越しでもなく、本物の唯花に会いたかった。
一応、帰る前に部室のシャワーを浴びてきたので、汗臭さとかは心配ないと思う。
どこか変なところないよな……制服も大丈夫だし、電車の窓に反射する自分の顔も、特にいつもと変わりはないようだけれど、唯花に嫌われない格好かどうか、心配だった。
気合を入れて、電車を降りて家の前に立つと、俺の緊張はピークに達していた。
うわ。インターハイ決勝よりも緊張する。
えっと、鍵を開けてただいまって言って、それからは唯花次第だけれども、荷物も置いて、あ、お土産いつ渡そう。食後かな。そういえば夕飯楽しみだなぁ。久々の唯花の手料理。あと受験の話もしないといけないし、インターハイ優勝おめでとうって言われたいし、というか、父さんたちは家にいるんだろうか。
緊張しすぎて思考がまとまらず、シミュレーションが全然役に立たないことが分かったので、早く鍵を開けることにしよう。
「ただいま」
ちらっと靴箱を確認したところ、父さんと義母さんはいないみたいだった。仕事が相変わらず忙しいからだろう。
おかげで唯花と二人きりでゆっくりできるから、寧ろ助かるけど。
靴を脱ぎつつ、とりあえず部屋に荷物を置きに行くか、と思っていると、リビングから唯花が出てきた。
「おかえりなさい」
うわぁぁ。天使が、天使がここにいますよ!!!
久々に見た本物の唯花は、健康そうで安心した。記憶よりも3日大人になった唯花を、脳内に保存する。
「ただいま」
さっきのただいまは聞こえていなかったかもしれないので、改めてただいまと言って、上がり框を踏んだ。
「お義父さんとお母さんは、残念ながら仕事の都合が合わなくて帰れないけれど、優勝おめでとうって電話で言ってましたよ」
そう笑顔で言う唯花は可愛かったけれど、それじゃあ足りない。
「唯花は?」
「え?」
「唯花はおめでとうって言ってくれないの?」
本当は昨日メールでおめでとうって貰ったけれど、無機質な文字の羅列だけでは全然物足りなかった。
「あ、そうですね。えっと、インターハイ優勝おめでとうございます」
この一言で今までの苦労が全て報われて、精神的な疲れも全て吹き飛んだ。
出来ることなら今の録音したかったというか録画したかった。
脳内にはきちんと保存されていていつでも再生可能なんだけど、やっぱりきちんと手元に残る方がいいよね。
出来れば唯花の一挙一動を記録しておきたいけれど、そのことがばれた時に出来る深い亀裂を考えると、盗撮も盗聴もできないのだった。
「ありがとう」
うん。次にまた何か頑張って唯花に褒められることを目標にして生きよう。
「あと、インターハイに優勝したから、唯花からご褒美が欲しいんだけど」
と、思いつつ、ご褒美が欲しいなんていう俺は、多分ずるい。