139.こんなシスコンになるなんて聞いてない!4
「全然遅くないっていうか、思ってたより早くてびっくりしたというか・・・・・・。無理に途中で抜けてきたなら、全然終わってからで大丈夫だよ?」
というか、心構えがまだできていないというか。それくらいお兄ちゃんが来るであろう予想時刻よりも遥かに早かった。
「いや、今日中にしないといけないことは全部終わらせてきたし、真咲達も俺が唯花と待ち合わせしてたの知ってたから、早く行ってこいって言ってくれてたから、大丈夫だよ」
それなら・・・・・・大丈夫、なのかな。うん。大丈夫と信じよう。
「唯花が見せたかった絵って、この絵?」
グルっと美術室の絵を見て回ったお兄ちゃんが、私の絵の前で止まる。
「うん」
その絵のタイトルは「偶像」。
お兄ちゃんをテーマにしたその絵は、私が階段転落事件で入院した時に考えていた時の作品「虚像」が形を変えたものだ。
あの頃の私が表現したかったものは、皆がお兄ちゃんのことを神の様に万能でなんでもできる人だって思っていて、陰で努力している本当のお兄ちゃんのことを見ておらず、皆偶像を見ているんだということが描きたかった。
けれど、あの民家でお兄ちゃんに助けてもらってから、お兄ちゃんのことをずっと考えて、そのお兄ちゃんに対する解釈が、それはそれで間違いなんだってことに気が付いた。
お兄ちゃんは、陰で努力していることは間違いないのだけれど、それでも皆に見せている姿が偽りの姿ではなく、それも本物の姿の一部ってことが分かったから。
勿論、お兄ちゃんに理想を見すぎている部分もあるのかもしれないけれど、人は誰しも過大評価をしたり過小評価をしたりと、正しくその人の姿を見ることなんて、本当はできないのだから。
だから、今回こそは逃げないで、正面からお兄ちゃんを描いた。放課後毎日残って、先生にもアドバイスをもらって。
本当のお兄ちゃんを見ないで記憶だけで描いたお兄ちゃんは完璧に模写できていたわけじゃないけれど、これが私の偶像のお兄ちゃんなんだって思った。
「どう、かな」
絵の前で微動だにしないお兄ちゃんの姿をしばらく後ろから見守っていたけれど、あまりにも何も言ってくれないので、不安になって声を掛けてしまった。
勝手にテーマというかモチーフにされて嫌だったとか。
「・・・・・・唯花の絵に圧倒されて、言葉が出てこなかった。すごい、すごいよ」
そう言って振り返ったお兄ちゃんの目には涙が浮かんでいるのが分かった。
「今までは唯花の絵って風景画が多かったから、唯花の描く人物画って見てみたいって思ってたから見られて嬉しいけど・・・・・・。あの、間違ってたらごめんね。もしかしてモチーフ僕だったりする?」
疑問形ではあるけれど、それは間違いなく確信に満ちた目で、嘘はつけないなって思った。
「うん。そう。・・・・・・私、誘拐されてからお兄ちゃんに助けてもらうまで、この後どうなっちゃうんだろうってすっごく不安で、怖かった」
本当に、本当に不安だったのだ。




