133.こんな文化祭になるなんて聞いてない!9 (side湊)
リビングには、ドアから入ってすぐのところにソファとテーブルが置いてあり、壁側にはテレビ、部屋の奥のキッチンには、冷蔵庫とコンロが置いてあった。
部屋の観察と人の配置を把握するためにざっと部屋を見渡したけれど、部屋の中にはドアを背に向けている男とソファの上で手足を拘束されている唯花以外には人の姿は見えなかった。
「そこから一歩も動かないで、ゆっくり手を挙げてください。少しでも変な動きを見せたら、打ちます」
瞬時に男に対し距離を詰めて、竹刀を構えてそう告げた。
「なっ!?誰だ!?なんでここに!?」
振り返って驚いた様子の男の顔は、さっき読んだ資料に載っていた吉岡弘道の顔とほぼ一致したので、吉岡弘道で間違いないだろう。
驚いた様子のまま吉岡は動かなったので、もう一度同じ言葉を繰り返すと、渋々と言った様子で吉岡は両手を上に挙げた。
テーブルの上に置いてある電話で仲間を呼ばれたりしたら面倒なことになるし、どこかに刃物を隠し持っている可能性だってないわけではないので、吉岡が怪しい動きをしないように竹刀を構えたまま見張る。
「お兄ちゃんと瀬川さん!?」
驚きの声を上げた唯花は、ソファの上で両手、両足を縛られているようだった。唯花に駆け寄りたい気持ちを抑えて、瀬川さんが懐から取り出したナイフで切っている様子を吉岡から目を離さないように注意しながら確認する。
「お兄ちゃんってことは、お前が三枝湊か。おいおい、天才剣道高校生が竹刀で人を脅すなんて、武士道に反するんじゃないのか」
不利な状況にあるというのに、吉岡は余裕の表情だった。
「武士道も何も、最初から俺は唯花を守るために剣道を始めたので。そのためだったら俺はなんでもしますよ」
文字通り、なんでも。
「はっ。確かに唯花を守るためになんでもしてるんだろうな。スマホもないし、鞄の中も一通り点検して居場所が割れそうなものを持ってないか探したっていうのに、どうやってこの場所を突き詰めたんだか」
「それは愛の力ですよ」
ある意味。
「まぁいい。こっちも困ってたんだ。唯花を介抱していることを誰かに言いたくても、こいつが家族の電話番号なんてスマホに登録したっきり覚えてないって言いやがるから。スマホなんて、カフェの駐車場に忘れてきちまったってのに。かと言って会社に電話を掛けたところでイタズラ電話と思われるか、誘拐だと大袈裟に騒がれても困るなって思ってたところだったんだ」
なるほど。ようやく吉岡が余裕の表情を浮かべる理由がわかった気がした。
連絡先が分からなくてこう着状態となっていたところに、俺が来たことにより、ようやく交渉ができるようになったと喜んでいるのだろう。
「では、まだこの件について誰にも言っていないんですね?そして、今回の件は誘拐ではない、と?」
でも誰にも言っていないという情報を得られたのは朗報だった。
「そう。ただ俺はカフェで具合の悪くなった娘の介抱をこの家でしてただけだ。そして、その迷惑料っていうの?そういうのをちょっと貰いたいって思ってたところだったんだ」
そして、吉岡がどういうスタンスでこの件を解決しようとしているのかを、俺が一番に知ることができたのは、幸運なことだった。
「そうですか。貴方の言い分は分かりました」
父さんが知ったのなら、きっと『こいつを生かす価値はない』とすぐに思っただろうから。
「お、分かってくれたか?それ以外にもちょっと困ってることがあってね。唯花のお兄ちゃんっていうなら俺の息子も同然だろ?家族だったらさ、ちょっと助けてくれよ」
どうしてこの人はこんなに劣勢な状況で、自分が優位に立っていると思えるのだろう。
「いえ、貴方の言い分が分かっただけで、納得したとは言ってませんよ」
唯花を誘拐した時点で、最悪の一手を打ったということに、どうして気がついていないのだろう。
「は?」
ようやく自分が望む結論にならない可能性を、自分が今現在置かれている状況を、僅かながらでも理解したらしい。
「僕は納得してません。貴方がしたことは誘拐であり、監禁です。唯花の身体についた縄の跡がその証拠であり、唯花がその証人です」
だけど、僅かながらじゃ全然足りない。どんな立場に今いるのか、しっかりとその身に味わってほしかった。
「・・・・・・何が言いたい」
「こんなことをする前に、少しでも想像しなかったんですか?こんなことをしたら、どれだけ唯花が傷つくかって」
いやまぁ、想像しなかったからこんなことをしたんだろうけど。
それでも唯花が受けた心の傷を、少しでも想像して欲しかった。
「・・・・・・うるさいうるさいうるさい!!いいじゃないか!!金持ちの家の娘になったんだから、少しくらい金をもらったって!俺が金が無くて苦しんでるときに、お前も、お前の母親も俺を捨てて幸せそうに暮らしてるんだろ!?金をもらって何が悪い!」
けれども、全く想像をしようしないばかりか、自己を正当するようなことを喚くばかりだった。
「唯花達が捨てたんじゃなくて、貴方が捨てさせたんですよ」
ならば、正当化できないようにするしかない。




