132.こんな文化祭になるなんて聞いてない!8 (side湊)
バイクを近くのコンビニに停めさせてもらい、例の一軒家の周りとその付近を不審者にならない程度に眺めつつ歩く。
外には見張りはいないようだったが、部屋の中の様子はカーテンが閉まっていて分からなかった。
相手が1人だけなら俺1人でも大丈夫だと思うけれど、その結果唯花を傷つけることになったら後悔してもしきれないので、乗り込みたい気持ちをぐっと堪える。
瀬川さんももうすぐ着くと言っていたし、焦る気持ちを抑えてコンビニでお茶を買い、知らぬ間にカラカラになっていた喉を潤した。
瀬川さんを待っている間に、先ほど送られてきた吉岡弘道の情報を読み込んでおく。日付からして両親の再婚の際に調査したものだろう。
以前の借金は、うちの父親が手切れ金代わりに全て支払ったとのことなので、今回の借金はその後新しく作ったものと思われる。
バイクが隣に停まった音がして顔を上げると、ちょうど瀬川さんがバイクを降りたところだった。
「早かったね」
「お待たせしました。急いだほうが良いと思いまして、私もバイクを飛ばして来ました。ご指定の車の方は、信頼できる部下が運転してきますので、もう少ししたら着きます」
きっと待たせすぎると俺が1人で乗り込みかねないと思ったのだろう。間違ってないけど。
「まだまだ暑いですね。それでどうするんですか?」
瀬川さんのために買っておいたペットボトルのお茶を瀬川さんに渡すと、一気に半分くらいを飲み干した。
「瀬川さんを待ってる間に家の様子を見てきたんだけど、出入り口には見張りみたいな人はいなかったかな。中の様子はカーテン閉められててわかんなかった。時間もないし、ゆっくりしている暇はないから。中に侵入する」
「中の状況もわかんないのに、ですか」
そう言われるとは思っていたけれど、でもそれ以外に良い方法が思いつかない。
「敷地の中に停まってる車は一台。まだ身代金の要求の連絡が来てないから、犯人からすればまだ犯行がバレてないって思ってるわけで、バレてない状況で侵入者を警戒しているとは考えにくい」
だからこそ、吉岡が他の誰かにこの件を連絡する前に侵入しなければならないわけだが。
「問題は侵入後だ。犯人の吉岡は逃走のことを考えると一階にいると思うし、見張りも兼ねて唯花と一緒の部屋にいる可能性が高いんじゃないかな。だから2階から他の犯人がいないか調べていって、状況判断するって感じで」
計画が浅いと絶対に言われると思うけれども、そもそも建物に侵入しようと思ったことがないから、どうしたらいいとか調べたことも考えたこともないので、これ以上の策が思いつかなかった。
「はぁ。侵入後の計画の浅さにびっくりしましたけど、侵入してみないと分からないっていうのは事実ですしね。・・・・・・分かりました。私が先行します。けど、あまりにも犯人の数が多かったり無謀だと感じた時には指を3本立てるので、必ず退却してください」
了解のハンドサインで返事をして、俺たちは一軒家へ向かった。
玄関のドアを蹴り破る以外にどうやって玄関のドアを開けたらいいのだろうかと思っていたけれど、『このタイプの玄関の鍵なら開けられそうですね』と瀬川さんがさっとピッキングして鍵を開けてくれた。
こんなこともできる瀬川さんって何者なんだ・・・と思いながらも、今回は気にしないこととする。
というか、またこんなことに巻き込まれた時のためにピッキングの方法を今度教えてもらおう。
玄関から入った左手にはドアが三つ見える。大きな話声などは聞こえず、人の気配はあまり感じられない。玄関からの正面には階段が見えて、当初の予定通りにとりあえず二階から見ていくことにした。
二階には小さめな部屋が二つあったが、どちらからも人の気配はしなかった。慎重にドアを開くが、人もいなければ物も何も置かれておらず、部屋の隅にはうっすらほこりが積もっていた。
玄関の靴箱は靴がほとんど入っていなかったし、部屋には何も家具が入っていないことから、住んでいた家に唯花を誘拐したというよりは、誘拐するために家を借りたという印象が強かった。
一階に戻って、一番奥の人の気配のする広い部屋以外の部屋から確認していく。
一か所はトイレで、もう一つの部屋は8畳くらいの広さの畳の部屋に折り畳まれた布団類が部屋の隅に置いてあるだけで、他には特になにもなかった。ここの部屋に唯花がいてくれたら助けやすかったんだけどな、と思いながら廊下に出る。
しかし、こちらの部屋にいなかったということは、本命の一番奥の部屋に唯花と吉岡弘道は一緒の部屋にいるということだ。他の部屋と同様に、入る前に部屋のドアに聞き耳を立ててみたが、男の人の声はするものの、どうにも誰かと会話しているようには聞こえない。
「くそくそくそ!何もかも上手くいかない!!!!」
そんな声と共に何かを蹴りつけるような音が聞こえてきた。蹴った音の跡に転がる音がしたので、ゴミ箱か何かを蹴りつけた音であろうことは分かっていた。
けれど、その矛先が唯花に向かったらと思うと、もう一秒たりとも待てなかった。瀬川さんはもう少し中の状況を探りたかったみたいだったが、目で突入することを合図して、ドアを開けて部屋の中に入った。




