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こんな文化祭になるなんて聞いてない! 2

父親からの返信は直ぐに届いた。学校から少し離れた場所にある「レトロ」という喫茶店に、近いうちに会いたいとのことで、本来ならば美術部がある時間に約束することにした。


――美術部の日だったら、お兄ちゃんに部活だったから遅くなったという言い訳ができるから。


でも、美琴には父親と会うことは話すことにした。口裏を合わせてもらわなければならないからだ。


「湊さんには言わないわけ?」


「言えないよ。義理の兄に本当のお父さんに会いたいんですとは」


そう苦笑して答えると、確かにという表情を誤魔化すように美琴は紅茶のペットボトルに口をつけた。


「じゃああたしも一緒に行く」


「気持ちは嬉しいけど」


流石に父親と一緒にいるところを友達に見られるのは恥ずかしい。

自慢できるような父ではないから尚更。


とはいえ、美琴には軽くではあるが父親の今までのことを話したことがあるため、心配なのだろう。


「会うと言っても喫茶店だしさ、大丈夫だと思うよ」


いくらなんでも人目のあるところで暴力を振るったり、暴言を吐いたりはしないだろう。多分。


「じゃあ連絡、こまめに連絡して!何もなくても、心配だからさ」


ここまで心配してもらえて、嬉しいと同時に申し訳なさを感じる。


「分かった。ありがとう」


何事もありませんように。そう祈りつつ約束の時間に、約束の場所に行くとすでに父親が座っていた。


久々に会った父は相変わらず瘦せていた。目の下に隈も見えて、疲れた表情をしている父を見て、自分が父親のことを考えないで美味しいごはんを食べている間に、どういう生活をしていたのだろうと少しだけ思ってしまった。


そう思ったら、何と言葉を掛けたらいいのかわからなくなってしまって、無言で席に座って鞄を横に置いて、座る前から勝手に置かれていたオレンジジュースのグラスを持って、ストローに口に付けた。


ジュースが口の中を通っても、何も言う事が思い浮かばなかった。


ストローから口を放した時に、口が勝手に何か言葉を発しようとしたけれど、その言葉が音になる前に、父親が先に頭を下げていた。


「すまない。お金が必要なんだ」


やっぱりそういう内容だった。


もっとこう「元気にしてたか?」とか、「高校生になったんだね。高校はどう?」とか、そういう言葉から切り出せばいいのにと思わなくもないが、そういうことができないような不器用な人なのだ。父は、昔から。


「・・・・・・いくら、必要なの」


こう答えるのが正解じゃないって分かってる。


「とりあえず10万あれば、ひとまず助かる」


いつか両親に返せればと、お小遣いの大半を貯金に回していたから、今回の父の要求には答えられる。けれど、それもいつまでも持つか不安だった。


――だって、これはひとまずの応急処置であって、決して根本的な解決ではないのだから。


そう分かっていても、オレンジジュースのグラスを机に置いて、財布からお金を取り出す手を止めることはできなかった。


「ありがとう。ありがとう、唯花」


今回もお金に困っているのは、きっと父の自業自得の結果なのだろう。


そう思っても、やつれた父を前にして、お金を貸さないという選択肢は無くなっていた。


どんなことがあっても、父は父なのだと、協力できる間は協力したいと久々に父と会った私は思ってしまったのだ。


――だから会いたくなかったのだ。そう思ってしまうと分かっていたから。


父が立ち去った後の、オレンジジュースのグラスの周りには水滴がたくさん付いていた。グラスに付いた水滴を紙ナプキンで適当に拭いて、ジュースを飲み干す。


氷が溶けて薄まったはずのオレンジジュースは、やたら甘ったるくて、そして少し苦かった。

今年も読んでくださりありがとうございました。

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