こんな文化祭になるなんて聞いてない! 1
お兄ちゃんの束縛はほぼなくなったと言っても良いだろう。
前回のデートの効果というよりは、お兄ちゃんが文化祭の準備で忙しくなったからである。
最近の主な会話が、文化祭の準備と文化祭の日に行われる生徒会選挙の話がほとんどであることからも、容易に推測できる。
かく言う私も、文化祭で展示する美術部の絵の制作で忙しいので、束縛が少なくなったのはとても有難い。
ちなみにうちのクラスの文化祭の出し物は速攻満場一致でオークションに決まった。
本来ならば使っていない食器などの不必要品をオークションに出品するものなのだが、私の場合は女子たちの「わかってるよね」という表情と「湊さんの愛用品さえ持ってきてくれれば他に準備しなくて良いから・・・・・・!」という懇願によりお兄ちゃんの愛用品を持っていくことを快諾しました。
きっとお兄ちゃんなら「良いよ」と言って何か品物を渡してくれると思うし、正直「はい」以外に選択肢はなかった。断るなんて無理だ。
「うーん」
それにしても文化祭で展示する絵のテーマもモチーフも何もかもが決まらない。
退院後に仕上げた病室の花瓶の絵を文化祭で展示しても良いのだが、文化祭までまだ時間があることもあり、新しく作品を描いて、気に入った方を展示したいと考えていた。
「はぁ・・・・・・」
気分転換に自販機へ飲み物でも買いに行こうと荷物を持って席を立った時に、スマホが振動した。
どうせTwitterかlineの通知だろうと思ってスマホを確認すると、画面にはメールの受信を知らせる表示がされていた。
もう随分と音沙汰がなく、この先連絡がこないんじゃないかと密かに思っていたくらいの相手からの連絡に、スマホを握る手に汗がじわっと広がったのが分かる。
メールの名前には実父の名前、弘道と表示されていたけれど、父親からの連絡なんて、きっと碌な内容じゃない。
正直、この通知を気がつかなかったことにしたかった。けれど、気が付かなったと無視をしたくらいで引き下がるような人ではない。
離婚後に、母親が父親との連絡を絶った時には、夜中にも関わらず玄関の扉を叩いたり大声で名前を呼んだりして何度か大騒ぎになったことがあった。
――その時も、そしてその前も結局はお金を貸してほしいという金の無心の話だったわけだが。
つまり、今回無視するということは、三枝の家にも、近所の家にも迷惑を掛けるかもしれないということだ。決して得策ではない。
そう考えると、拒否する返事を送ることはとてもできなくて、私は渋々了解の返信を送った。
うん。父親の用件も何も書いていない「会いたい」というだけのシンプルな文面を深読みして暗い気持ちになっていたが、もしかしたらただ単純に娘に会いたくなったという可能性だってあるのだ。
そう、ほんのわずかではあるけれど。




