こんなにすごい奴がこの世にいるなんて、聞いてない 1/2(side 真咲)
「よし。唯花にメール送った。念押ししとくけど、唯花が部活入るの嫌だって言ったら入らないから。あと、唯花といられる時間が減るから、なるべく夕練もあんまり長くはしたくない」
「分かった分かった。部長にそれとなく言っとくよ」
ま、大丈夫だと思うけど。だからこそ俺は、湊の袴姿をメールで送らせたんだ。
「はぁ。早く返信、こないかなぁ」
そう言いながら愛おしそうに携帯画面を見る湊を見て、昔と本当に変わったなぁと改めて俺は思った。
俺が湊に出会ったのは、小学四年生の時だった。
両親の仕事の都合で、俺は湊のいる小学校に転校したのである。
俺は優秀な奴だと自負していた。自覚していた。
なぜなら前の学校では、勉強も、運動も断トツで一番だったからだ。
だから新しい小学校も、レベルは高いと聞いていたけれど、俺よりすごい奴はいないだろうと思っていた。
けれど、その考えは砂糖菓子より甘かった。
転校してすぐの模試で、俺は隣のクラスの湊に、大差をつけて負けたからである。
正直、隣のクラスにすごい奴がいる、とはクラスメイトから聞いていた。けれど、みんな真咲くんの方が凄いよ!と言ってくれていたので、模試の結果の張り出し表を見るまで、隣のクラスの奴に負けるとは全く思っていなかったのだ。
悔しくて、でも運動は俺の方が勝っているだろうと、授業中に窓の外をこっそりと眺めて見たものの、奴の運動神経は俺よりも凄くて、俺は運動神経でも劣っていることが分かった。
ならば、どうしてうちのクラスの連中は、俺の方が凄いと言ったのだろう。
それも気になったし、単純に湊がどんな奴なのかが気になったから、俺は休み時間こっそり物陰から湊を観察するようになった。
結論から言えば、湊は恐ろしいくらいに愛想のない奴だった。
そして、氷のように冷たい目で、声で、反論する余地さえ与えずに、間を与えずに正論を叩き付けるあいつは、学校中から嫌われていたのである。
道理で、クラスの連中が俺の方が凄いと言ったのかが分かった。愛想のよさだけは、俺の方が格段に勝っているな、と思ったからだ。
けれど、同時に俺はすこしだけ奴の気持ちが分かった。
「ちょっと、話があるんだけど」
だから俺は正門で、奴を待ち伏せすることにした。違うクラスだったし、クラスメイトの前で話すような話じゃない。
「いいけど。公園でいい?」
面倒くさそうに、湊はそう言った。
「で、話って何?」
ベンチに座った俺とは違い、立って偉そうに腕を組みながら、早く家に帰りたいです、という雰囲気を湊は出しながら言った。
「あ、まずは自己紹介しないとな。俺は3組の若山真咲っていうんだ!よろしくな」
そう言ってわざわざ右手を差し出して握手をしようとしたのだけれど、奴は案の定、
「俺のことを知ってるから話しかけてきたんだろ。さっさと要件を話してくれないか」
と、冷たい氷の方がまだ温かいわ、というようなセリフと表情でそう言ったのだった。
「俺も、お前の気持ち、少しは分かるよ。世の中つまんないんだろ。自分より馬鹿な奴らに媚を売りたくないんだろ」
しかし、気持ちは分かるのだった。昨日見たテレビの話、つまらない。家族の話、つまらない。授業、つまらない。はっきり言って、みんなの言うことの何もかもが面白くなかった。
この俺でさえそうなのだから、俺よりすごい湊はもっとつまらないのだろう。
「分かってるなら、何の用だよ」
「でもな、つまらないからっていってお前みたいな態度は、面倒なことになるんだよ」
そう、面倒なことになるのだ。今はまだ、小学生だから、で許されることも、段々大人になれば許されなくなってくる。
もちろん大人になれば湊も気が付くのかもしれない。けれど、おせっかいかもしれないけれど、俺は早い段階で、そのことを伝えたかった。
「はぁ?」
「お前の態度は何一つ得をしない態度だ。それよりは嫌でも愛想をよくして、主導権をこちらが握って、適当に対処する方が何億倍も得だぞ」
そう俺が言うと、今まで喧嘩腰だった湊は、しばらく固まって、
「そうかも」
と言った。
「すこしだけ、愛想を良くしたらそれでいいんだ。それだけで、もしかしたら今よりも、楽に生きれるかもしれないぜ」
それから、奴は少しずつ愛想がよくなっていった。もちろん、けしかけた責任もあるし、奴にはそういうことを相談できる人がいない、ということを知ったので、出来る限り俺は奴の相談に乗った。
そうして俺たちは、親友になった。