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入院することになるなんて、聞いてない 2/2

私の車椅子を押してくれている瀬川さんというのは、病室にいた『知らない人』のことである。


最初は『この人誰だろう』と不信に思っていたけれども、話をしてみるとお父さんの会社関係の人で、お兄ちゃんのこともよく知っているらしい。


「ずっと湊に唯花さんを紹介してほしいって頼んでたんですけど、頑なにあいつが紹介しないから、こういう時に困ったことになるんですよね。」


まぁ、確かに。今回知らない人がいてびっくりしましたよね。


「こんな風に出会うことになるなら、入学式の日にでも無理矢理紹介してもらうんだった・・・。あ、私、唯花さんの入学式に、両親の代わりに出席させていただいて、動画撮影していたんですよ」


そう言って入学式の写真まで見せてくれたので、本当にお父さんの会社の人なのだと思う。


いやでも社長の娘の入学式に出席させられて動画を撮るように言われたとなると、逆に会社の人である方が問題なのでは?


などと待合室で私が社会の闇について考えている間にも瀬川さんのスマホにはひっきりなしに連絡が入っているみたいで、時々病院の外に出て話をしに行くほど本当は忙しい人みたいだった。


申し訳ないなぁと思いつつ、私もスマホに連絡が来ていないか確認しようと思ったけれど、スマホが見当たらない。


というか、病院に着いてからスマホを見た記憶がない。


あー。病室にあるんだろうなぁ。うん。教室を出た時には持ってたし。


でもいつ呼ばれるかわからないのに病室にスマホを取りに戻るっていうのもなぁ。


だが暇だ。この世の待ち時間ってスマホでネットする以外にすることある?っていう時代なのにそのスマホがないなんて。


小さな診療所なら待合室に漫画があったりするけど、ここは大病院なわけで。


ますます暇は加速するのであった。


椅子にもたれかかって病院内を行き来する人を眺めるくらいしかすることがなく、気が付いた時にはうつらうつらしていた。でも待合室の椅子では深く眠ることはできず、階段から落ちる夢をみて、はっと起きる、ということを繰り返してしまったおかげで、暇ですることがないのに、眠ることすらできない。


しかし、何度夢で犯人の顔を思い出しても、やっぱりよく知らない人だと思う。



ーーーーーー


「唯花さん・・・?やっぱり疲れてるみたいですね」


家に帰れなかったことに呆然としている私に、瀬川さんは何回か呼び掛けていたらしい。


「はっ!すみません。疲れたのは疲れてたんですけど、てっきり家に帰れると思っていたので、そのがっかりしたというか、びっくりしたというか」


押してもらって申し訳ないというか。密かにこの子重いなぁとか思われてないよね。


「あぁ。ほら、唯花さん階段から落ちた時のこと、覚えてないっておっしゃってたから。そうなると頭を打って一時的に記憶喪失に陥っている可能性もあるわけですし、覚えてないってことはどこをぶつけたのかわからないじゃないですか。そうなるとちょっと不安なので、念のためですよ。念のため」


そういえば階段から落ちた時のこと、とっさに覚えてないって言っちゃたんだったー!いやだってあんなことよく知らない人と担任の先生に気軽に言えないというか。


「ですよね・・・」


どうしてこんなに家に帰りたいのかよく分からなかったけれど、とにかく私は安心したいのかもしれない。


家という、もう私の日常になったあの大切な部屋で。


「というか、すみません。瀬川さんお忙しいのに、私のために病院に一日付き合ってくださって」


そういえばまだお礼を言っていなかったんだった。


「気になさらないでください。三枝家の人間は俺の家族みたいなものですから。坊ちゃん・・・あ、湊のことなんですけどね、今回の件、湊から連絡があったんですよ。その時の焦り様をあなたにも聞かせたかったなぁ」


あぁ。うん。そうだ。みんなに心配かけちゃったなぁ。


「私はね、湊を小さい時から知っていて、会うたびにあれこれ色々口やかましく言ってたんですけど、ちっともあいつは俺の言うことなんか聞かないんですよ。あれこれ屁理屈をこねてはこちらの意見を一蹴してきて、俺は正直何度あいつのことをクソガキと思ったことか。だから普通の小学校に入れろって父親に助言したんですよ」


え・・・?お兄ちゃんってそんな感じの子供だったの?全然想像できない。むしろニコニコしていい子でした。って言われそうなタイプなのに。


「そのおかげか、真咲くんに出会うことができて、大分社交性を身に着けたみたいでしたがね。でもそれ以上は多分望めないんだろうなぁって思ってたんです。でも、どうやら違ったみたいだ」


「はぁ」


よくわからないけれど、お兄ちゃんほど望めばなんでも手に入る人間はこの世界にいないんじゃないかなぁと思う。だって、いきなりはじめた剣道で高校生一位になるくらいだし・・・。


「あなたはピンと来てないみたいですがね・・・・・・まぁ、馬鹿がアホになった程度ですけどね、あいつも少しずつ成長してますから。あいつのこと、よろしく頼みますよ」


その言葉と同時に、病室に到着した。瀬川さんは入院の手続きを済ませたら家に帰るそうなので、再びお礼の言葉を述べるとと、爽やかな笑顔で一礼をして去っていった。


うーん。素敵な人だなぁ。


是非とも一ノ瀬先生の『君のための星』に出てくる将校役をしてほしい。絶対に似合う。


無精ひげを生やしてタバコを吸いながらなんかいいセリフを言ってほしい。


などと、現実逃避をしている場合ではなく、ここは病室の前。時刻は夕方。


必然的にお兄ちゃんと美琴がいるはずなので、あの二人と顔を合わせる覚悟をしなくては。

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