袴姿なんて聞いてない!
「ふんふふふふふーん」
思わず鼻歌を歌ってしまうくらい、今日の私の機嫌は良かった。
「あら。水曜日なのにえらくご機嫌ね。なにか良いことでもあったの?」
美琴は、今日も相変わらず紅茶のパックを飲んでいた。朝一番に紅茶のパックを飲むと決めていると思われる。
「それがさ、なんと最近お兄ちゃんの帰りが遅くて」
「それで浮かれてたのかよ」
いやいや。そんな理由かよって感じかもしれませんが、私にとってはそれが今一番嬉しい。
「いやいや、だってね、お兄ちゃんの帰りが遅いってことはもしかしたら彼女が出来たからかもしれないんだよ!?嬉しいじゃん!」
「ちなみにその嬉しい、はどういう感情の嬉しいなの?」
「え、彼女が出来たってことは私への関心が無くなったってことでしょ?」
つまりもう質問攻めに合わずに済む!
「彼女が出来てたら、ね」
う、疑い深いなぁ。
「これ以外にお兄ちゃんが遅く帰ってくる理由が見当たらないもん。中学校では部活に入ってなかったって言うし、お兄ちゃんは塾に行かなくても家で勉強できるタイプの人間らしいから、塾に行っている、という線もないし。そもそもあの成績を修めるためには、部活に入っている余裕はないと思うし。そうなったらもう彼女が出来たこと以外に考えられないもん」
そう、これは論理的な思考によって導き出された結果なのだ!
「ふーん。あれ、何か唯花の携帯鳴ってない?」
「へ?美琴のじゃなかったんだ」
お母さんからのメールかもしれないな、と期待して確認したら、お兄ちゃんからのメールだった。
これが噂をすれば影ってやつか……。
今日も帰りが遅くなります、とかかなーと何気なくメールを見たところ、お兄ちゃんの袴姿の写真が目に飛び込んできて、その格好よさに、思わず携帯を落としかけた。
「うわっと」
「どうしたのよ。なにか衝撃的な連絡だったの??」
衝撃的かと聞かれれば衝撃的だ。
「こ、これ」
「うわっ。お兄さんの袴姿超格好いいわね」
そう言ってじっくり眺めた後、美琴は携帯を私に返してくれた。
「でしょ……」
やばいよ、これ破壊力あるよ。今までの五倍くらいの破壊力だよ。今まででも十分破壊力あったのに、それの五倍なんてやばいよ。
「ていうか、あんたでも格好いいって思うのね」
「え、いや、思うには思うんだけど、こうやって遠くから眺めておくくらいが丁度いいんだ。学校の憧れの先輩くらいの距離感が丁度いいんだ……。こんなにおいしい設定は乙女ゲームだけの世界でいいんだ……」
「気持ちは分からなくもないけど。というかその写真後で送って」
というか、そのおいしい位置にいるのは美琴なのだった。
「うぅ。他人ごとだと思って」
「だって他人事だもの」
正論。