第八話
スプリガンと対峙した俺は【土斑族のクレイモア】を大きく振りかぶり、迫り来る枝を切断する。
鞭のようにしなるスプリガンの枝だが金属並みの硬度を持っていたが、俺の持つ武器が優秀なのか、何とか枝を斬ることができた。
それに、最初の戦闘のときよりも体が軽い。より的確に剣を振るうことも出来ている。
俺のレベルが上がったからなのか、もしくは【見習い剣術】のスキルがあるおかげか。
詳しいことはわからない。今はただ目の前の敵を一刻も早く倒すだけである。
理乃が俺を待っている。早く行かなくては……。
スプリガン一体となら、状況が俺の方が優勢である。迫り来る枝の速度は驚異的だが、反応できないほどではない。防御は確実に出来る。後はタイミングを見計らい枝を切断するだけ。スプリガンの腕である二本の枝を切り落とせば、後は胴体を両断するだけで俺の勝ちだ。
「いける、いけるぞ……!」
自分で自分を奮い立たせる。
スプリガンの腕は後一本だけである。
それを斬ったとき、俺の勝利が確定する。
スプリガンの錬撃を防ぎつつ、攻撃のタイミングを探る。三度目の攻撃を防いだとき、枝が大きく弾かれて、その動きが鈍くなった。
「今だ!!」
大きな声を描いて剣を振るう。
吸い込まれるように枝へと到達した刃は、抵抗無くそれを切り裂いた。
ぽとり、と切断された枝が地面に落ちる。
勝った、と思った。止めを刺そうとスプリガンに近づいたとき、俺は言いようの無い寒気を感じて、ほぼ反射的にその場から退いた。
先ほどまで俺がいた場所に、二本の枝が突き刺さる。見ると、二体目のスプリガンがいる。
危なかった……。逃げるのが少しでも遅ければ、あの枝に串刺しにされていたところである。
敵が二体に増えたが、一方は両腕をなくしたスプリガンであるので、注意を怠らなければ勝機を見出すことは出来るだろう。
そう思ったのも束の間、二体のスプリガンが互いに近づき、やがてぴったりとくっついた。
「なんだ……?」
呆然とその光景を眺めていた。
二体のスプリガン、その枝と枝が絡み合い、一本の木へと成長していく。死した木から生まれたはずのスプリガンが、二体集まることによってより巨大な固体へと進化しているのである。
二体のスプリガンが合わさり、俺の倍ほどの大きさを持つスプリガンが出現した。
腕だと思われる長い枝は右と左にそれぞれ二本ずつ存在している。それらの枝は自由に動かせるようで、激しくしなり空気を切り裂いている。
「やばいかも……」
剣を構えてスプリガンと対峙する。先ほどまでとは比べものにならないほどの威圧感に、背筋が凍りつくのを感じた。
自分と同程度の大きさの相手と戦うなら、まだ気持ちが楽だった。ある程度行動が予測できるからである。
しかし、自分の倍ほどの大きさを持つ相手となると、一体どう戦えば良いものかわからない。
それに、手数も先ほどまでの倍となっているから、剣一本でそれらを捌けるかどうかも不安だ。
どうする……? どうすれば勝てる……? どんなふうに戦えば勝率が高い……?
様々な疑問が頭を過ぎる。
「――はぁ、俺はほんとだめだな……」
頭に過ぎったのは理乃の姿である。彼女は俺よりも弱い。だから俺は彼女を守ってあげたいと思った。だけど、それは肉体的な強さだった。理乃は心の強さを持っていた。すぐにこの世界に適応し、恐怖に屈しない意思をその身に宿していた。
「――勝てば良いだけだろ。簡単だよ」
さっさと勝って理乃のところに行こう。
そう決めた俺の目にはもう迷いはなく、巨大なスプリガンに対しても恐怖を感じていなかった。
迫り来るは四本の枝。それぞれが別の方向から俺へと迫ってくる。先端の鋭く尖ったそれにかかれば、俺の肉体など容易く貫かれてしまうだろう。
防御していては間に合わない。斬りおとせるのも一本だけ。ならばと俺は剣を下げる。
覚悟を決めたからと言って、枝のスピードが緩やかになると言うことはない。
出来うる限りの集中力を発揮させ、俺はスプリガンに向かって走り出す。
左から迫る枝をかわし、上から振り落とされる二本目の枝も避ける。三本目の枝は地面をなぎ払いつつ俺の足元に迫ってきた。跳躍してそれもかわす。と、空中に留まっている俺に最後の枝が正面から向かってくる。
剣を用いて枝を受け止める。発生した衝撃を、身体を回転させることによって拡散させる。地面に足がつき、再び走り出す。スプリガンの胴体はもう目前である。枝は全てかわしきった。
「これで――終わりだっ!!」
【土斑族のクレイモア】の研ぎ澄まされた刃は、巨大スプリガンの胴体を真っ二つに切り裂いた。斜めに線が走り、スプリガンの幹がぐらりと揺れる。そしてそのまま地面へと落ち、二度と動くことは無かった。
戦闘を終えた俺は、体の異常な軽さを感じていた。
恐らくだが、今の戦闘でレベルアップしたのだろう。
画面を確認しておきたいが、今はその時間さえ惜しい。一刻も早く理乃の元へ行かなくては……。
理乃の元に辿り付いたとき、彼女の前には一匹のスプリガンがいた。二本の枝の先端が彼女に向けられていて、今にも貫かれそうである。
「理乃っ!!」
一目散に駆け出す。自分でも驚くほどのスピードだった。
剣を抜き、理乃に迫る枝ごとスプリガンを切断する。
その亡骸にはあの家の中にあっただろう剣が突き刺さっている。
そうか……。理乃も戦っていたんだ……。
その事実に、俺は彼女を失っていたかもしれないと言う不安に駆られもした。けれどそれと同様の喜びを感じもしていた。
彼女に近づき、その身体を抱きしめる。彼女は俺の腕の中で震えていた。
怖かったんだろう。それはそうだ。俺だって怖かったくらいだ。けれど、理乃は逃げずに戦った。
「信じてたよ……」
俺の身体を抱きしめながら理乃は言う。
そんな彼女の言葉に思わずなきそうになる。
彼女はきっと、俺が駆けつけてくれることを信じてここで戦っていたのだろう。
死ぬかもしれないのに、俺を信じて逃げることをしなかったのだろう。
「頑張ったな理乃……ありがとう、俺のことを信じてくれて……」
「代一……やっぱり来てくれたね……」
「当たり前だよ。絶対守るって約束したんだから」
ようやく抱き合うのをやめると、俺は改めて辺りを見回す。
村のほとんどはスプリガンによって破壊されていた。俺が倒したのが三体だが、それ以上の数のスプリガンがまだ村にいるはずである。
「代一……あれっ!」
理乃が村の入り口辺りを指差す。
五匹のスプリガンがこっちに向かってきているのが見えた。さらに、その後ろには数匹のスプリガンの影も見える。
くそ……っ、連戦か……。
レベルアップしたとはいえ、あの数と同時に戦うのはきつい。
逃げることも考えていると、俺たちの傍らを、たいまつを掲げた小人が一人通り過ぎて言った。
「うおおおおぉぉぉっっ!!!」
と叫びながらスプリガンに向かっていくその顔には見覚えがある。デルマである。
彼がたいまつを片手に、スプリガンへと突き進んでいく。
大丈夫なのか、と思って見ていると、彼に続いて何人もの〈ノーム族〉が姿を現して、次々とスプリガンに向かって走り出した。
皆それぞれたいまつを手にしている。
「「「村を守れぇぇ!!!」」」
一丸となり突撃していくノーム族の男たち。
彼らの勢いに押され、スプリガンは撤退を余儀なくされた。一匹、また一匹と森の方へ引き返していく。
やがて全てのスプリガンが消えると、デルマが俺たちの方へと歩いてきた。
「おうヨイチ! お前らがスプリガンを相手にしてくれてたおかげで、準備に費やす時間が出来たぜ、ありがとな!」
「準備?……そのたいまつのこと?」
「ああ、あいつらは火が苦手でな。一本や二本じゃ効果は薄いが、これだけ集まれば話は別だぜ」
デルマは首を振って背後に並ぶノーム族の群れを示した。
背が小さいながら、顔だけはゴツいノーム族の男がこれだけの数並んでいると、流石に荘厳である。その数たるや、多分三十人はいるように見える。
「なあデルマさん、この人間たちは……?」
デルマの後ろに控えていた一人の男が俺たちの方を指して言う。
デルマは俺たちの前に立ち、ノーム族の面々の方へと顔を向ける。
「いいかお前ら。この二人は今日一番の功労者だ。こいつらがスプリガンを引き付けてくれたおかげで、俺たちはスプリガンを追い出す準備を終えることが出来た!……見ての通りこいつらは人間だが、仲良くしてやってくれ。俺はもちろんそうするつもりだぜ!」
――「おおっ!!」と言う声が上がる。
一番の功労者と言うのは少し言いすぎなような気もするが、まあノーム族と仲良く慣れるならそれもいいかと思う。
おそらくデルマもそういった意図で俺たちのことを紹介したのだと思うし。
デルマの言葉を聴いて安心したのか、親しい感じで俺と理乃に話しかけてくるノーム族の男たち。
全員大人かと思ったのだが、中にはまだ若いノーム族もいるようで、
「人間ってでかいな~!」
「人間にしては美人だな!……こっちのは少し地味だけど」
何て軽口を叩いてくる者もいた。
全くかわいらしいのだが、地味ってのは俺のことだろうか。美人ってのは理乃のことだろうし、まあ俺しかいないんだけど。
内心でがっくりしていると、そんな俺の気持ちを察したのか、理乃が俺の服をくいっと引っ張る。
「ん、どうした理乃」
「あのね……代一は地味だけど、かっこいいよ……!」
「……ああ、ありがとう」
”地味”だと言うことを否定してくれなかった点を嘆くべきか。かっこいいと褒めてくれた点を喜ぶべきか。
何とも言えぬ心境ではあるが、今は無事にスプリガンとの戦闘を終えられたことを喜ぶとしよう。
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