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第七話


 崩れ落ちてきた天井、瓦礫の山に拒まれて、理乃は代一と分断されてしまった。

 足元に転がっている武器の数々は、ノール族の体型に合わせているようで、長剣として扱うことは無理そうである。


 だが短剣としてなら寧ろ丁度いいくらいの大きさだ。

 作りも丁寧で丈夫そうである。

 理乃は落ちていた武器の中から一本を選び、その柄を掴んだ。


 雨笠理乃amagasa rino

 レベル:3

 スキル:【白魔術】―〈ヒール〉

 武器 :【土斑族のブロードソード+2】

 防具 :

 装身具:

 

 【土斑族のブロードソード】と言うのがこの武器の名前であるらしい。通常のブロードソードほどの大きさはなく、短剣よりも少し大きめであると言う程度である。

 だが軽く、理乃からすれば扱い易い武器であった。


「代一……」


 彼は理乃のことを守るとそう言った。

 その言葉は嬉しく、つい胸を熱くしてしまうほど。

 だが、理乃の胸には別の思いもあった。


「私も……頑張らなきゃ……」


 代一とはまだ少ししか時間を共にしていない。

 だが、窮地に陥るたびに、彼は理乃のことを守ってくれた。

 しかし、彼だって人間なのである。完全無敵であるわけなどなく、怪我だってするし、最悪の場合だって考えられる。

 理乃の胸中で渦巻くもう一つの思い。それは自分の手で代一を守りたいと言うものだった。

 

 理乃は瓦礫の先にいるであろう代一を思い、それから意を決して建物から出る。

 デルマの姿はなかった。

 代わりにスプリガンの亡骸が放置されている。幹の部分が砕かれており、体が二つに分かれている。

 幹の中が空洞になっているのが見えた。


 がさがさ、と枝の揺れる音がする。

 はっとして振り返ると、別のスプリガンがこちらに近づいてきているのを発見した。

 理乃は【土斑族のブロードソード】を強く握り締める。

 

(私の力じゃ勝てない……でも……!)


 彼女には勝機があった。

 絶対に信じることの出来る勝機が。


(代一が……助けに来てくれる……っ)


 だからそれまで持ちこたえなくては。

 絶対に殺されるわけにはいかない。


 理乃は人の感情の変化に敏感だった。だから、普段は気丈に振舞っている代一が、実は自分と同じくらいの不安を抱えているのだということもわかっていた。

 もし理乃が死ねば、代一は悲しむだけでなく、生きる希望を失ってしまうかもしれない。

 少々大げさかもしれないが、少なくとも理乃は、代一の存在をそれだけ重く見ていた。

 彼も自分と同じように思っていると、そう感じ取ってもいた。


 スプリガンはこちらの様子を伺うようにじりじりと近づいてくる。

 理乃のスキル【白魔術】は、今のところ疲労を回復させるだけの代物である。

 だから、この戦いは剣一本で凌がなければならなかった。


 スプリガンとの距離は十分にあった。

 しかし――


「っ!?」


 枝が鞭のように伸びて、理乃に迫ってくる。

 その速度たるや、目で捉えるのがやっとなほどだった。

 理乃は何とか身を守ろうと剣を掲げる。

 

 強烈な衝撃に腕がしびれる。伸ばされた枝が剣に当たったのだ。理乃は剣が弾き飛ばされそうになるのを何とか堪えた。

 今の一撃ではっきりしたことだが、今の理乃とスプリガンとでは、実力が違いすぎている。

 元々はただの高校生だった理乃には、魔物との生死を掛けた戦いなどは荷が重過ぎるのである。

 生き残るためには、逃げるしかない……。


「私は……逃げない……っ!」


 確固たる決意を声に出す。

 例え勝てないとしても、何とか戦ってやる位の気概がないと、この世界では生きていけないだろう。

 代一が自分のことを守ってくれるとしても、彼に頼りきりになるわけには行かない。

 戦って生き残るのだ。逃げると言う選択肢などは存在しない。


 スプリガンと理乃の戦いは、理乃の防戦一方だった。スプリガンの激しい攻撃を、理乃はかろうじて防いでいる。しかし、攻撃への活路は全く見出せずにいる。

 以前の理乃であれば、スプリガンの一撃すら防げなかっただろう。しかし、レベルが上昇したことで理乃の身体能力は飛躍的に上昇していた。

 しかしそれでも、体力はすぐに底をつきそうである。


「……ヒール!」


 その不安点を、理乃は自信に〈ヒール〉の呪文を発動させることにより解消する。

 一度の〈ヒール〉で体が大分楽になる。しかも、一度の使用だけでは何ら悪影響は無い。

 代一の疲労を回復させたときは、数回連続で〈ヒール〉を発動させた。その影響か、注意力が散漫になり、意識が緩んでしまった。

 もしそれ以上の回数〈ヒール〉を使っていれば、もっと影響が出ていたことだろう。

 だから、この戦いでも使えるヒールの数は限られている。


 軽くなった身体で再びスプリガンの攻撃を防ぐ。

 何とか攻撃へつなげようとするが、右から枝が襲ってきたと思えば、次は左から向かってくるため、防ぐだけで一杯一杯だった。

 

 もう一度〈ヒール〉を使う。

 スプリガンの攻撃は、理乃の体力を凄まじい速さで削る。

 

「……っ」


 何分攻防を続けただろうか。

 理乃は自分の意識が薄れ始めているのを感じていた。

 彼女の内包する魔力がそこをつき始めたのである。


「代一……」


 彼の姿を思い出し、自分を奮い立たせる。

 彼が助けに来てくれたとして、情けない姿を見せるわけにはいかない。


 だが、疲労はピークに達する。

 足元がおろそかになり、バランスを崩して理乃は転倒した。


 スプリガンの攻撃を避けることさえ出来ずに呆然と眺める。

 が、急に身体に活力が満ち溢れてきた。


 身体を回転させ、理乃はスプリガンの攻撃をかわす。

 すかさず〈ヒール〉を唱え、体力を回復させた。

 そして再度攻防が始まる。


 なぜだかわからないが、理乃は先ほどまでよりも攻撃を受けるのが簡単になっていることに気がついた。

 それどころか、攻撃のタイミングさえ掴みつつある。


 その原因は、理乃のレベルが上昇したことにあった。

 彼女と代一には特殊な繋がりがあり、一方が経験地を獲得すると、もう一方にもそれが分け与えられるようになっているのだ。

 つまり、代一がスプリガンを撃破したということである。


 理乃にはそんなことわからなかったが、彼女は元から代一のことを信じていたので、戦闘に何ら問題はなかった。

 軽くなった身体でスプリガンに迫る。

 スプリガンの枝は金属並みの硬度を持っているので、それが直撃すれば怪我を負わずにいることは出来ないだろう。


 恐怖を決意で上塗りする。

 迫り来る枝を、サイドステップで回避する。

 理乃は決死の思いでスプリガンの幹に刃を突き立てた……。


「やった……」


 安堵の息を吐く。

 が、戦いはまだ終わってはいなかった。


 動き出すスプリガンの枝。

 左右から迫るそれを、理乃は避けることができなかった。

 迫り来る痛みを予想して、理乃はびくりと身体を震わせる。

 頑張ったけれど、だめだった。


「助けて……代一……」


 ぶん、と空気を裂く音が響いた。

 理乃は固く閉じた瞼をゆっくりと開く。

 来るはずの痛みがない。

 代わりに、待ち望んだ人の姿が目の前にあった。


「ああ、助けに来たよ」


 理乃に迫る枝を切り落とし、スプリガンの本体を両断した代一は、彼女の身体を優しく抱きしめた。

 理乃はあふれ出しそうになる涙を堪える。


(やっぱり……来てくれた……っ)


 彼の背中にぎゅっと手を回し、耳元でそっと呟く。


「信じてたよ……」

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