第六話
「それにしてもお前ら、運が良かったな。生きて森から出られるなんてよ」
俺たちの前を歩くデルマが言った。
「この世界のことを知らなぇなら魔物のことだって知らないだろうに。特に最近はスプリガンの数が増えてるから危険なんだぜ?」
「魔物? スプリガン?」
「魔物ってのはまあ、危険な生物のこと。スプリガンは植物系の魔物の一種で、死んだ木が魔力を浴びて魔物化した奴のことを言うんだが、最近千年樹が一本スプリガン化してな、森全体を我が物としてるってわけよ」
デルマの話を聞き、俺は理乃の方を見る。
心のなしか、彼女の顔が青ざめているように見えた。おそらく俺も同じような顔をしているに違いない。
「……まさに危機一髪だったってことか」
理乃の手をぎゅっと握る。俺の左手と彼女の右手は、デルマと出会ってからずっとつながれたままだ。
もしかすると、俺はこうして理乃の隣にいることさえ出来なかったのかもしれない。
もしそうなった場合、一人残された彼女は恐怖と不安に押し潰されてしまうだろう。
そう考えると、凄く怖い。
「ま、通常のスプリガンはともなく、千年樹の巨大スプリガンには近づかないこったな。距離が近くなれば強烈な異臭で気づくだろうから、まあ注意してくれ」
「異臭……?」
「代一……それって……」
「ああ、多分森で嗅いだあれのことだろうね」
「……命拾いしたみたい」
「危険な世界だな、本当に」
本当にそう思う。
ここが異世界であることはもう疑いようの無い事実だった。
一時間ほど歩いた。
草原は途切れ、ごつごつとした岩がそこら中に落ちている。遠方には山の稜線が見える。
「この辺りに俺たちの村があるんだ」
デルマが言う。
俺は少し緊張していた。デルマは気の良い奴だが、それでも種族間の壁は消し去れない問題であるように思える。
中には、人間を快く思わない種族もいるのではないだろうか。俺一人なら良いとして、理乃にまでその矛先が向けられたとしたら……。
「代一……どうかした?」
「いや、なんでもない。大丈夫だよ」
心配そうに俺を見る理乃。
彼女を心配させまいと俺は笑顔を作る。
その時だった。
「なんだ……? どうなってやがるっ!?」
デルマが叫ぶ。彼の視線の先では、何本の煙が空へと立ち上っていた。
そして彼は走り出す。小さな体をばねのように器用に動かし、俺たちの何倍もの速度で先へと進んでいく。
「理乃、走ろう!」
「うん……っ!」
出来る限りの速度で走るが、デルマとの差は開くばかり。
彼が立ち止まったおかげで、俺たちは何とか追いつくことが出来た。
「はぁ……はぁ……デルマ、いきなりどうしたん……だ……」
眼前に広がる光景に、俺は言葉を失った。
「うそ……」
俺同様に息を切らせていた理乃が呟く。
二人とも、目の前に光景に圧倒されていた。
村にはレンガ造りの家が溢れていた。
しかし今、それらの大半が崩壊してしまっている。
あちこちで火が焚かれている。
煙が空まで立ち上っていて、そのどす黒さが事態の深刻さを物語っているようにも思えた。
呆然と立ち尽くす俺たちの前に、見覚えのある生物が現れる。
――スプリガンだ。
身長は俺と同じくらいか。一本の幹が胴体となり、そこから何本もの枝が生えてきている。特に伸びた二本の枝が、まるで腕であるかのように動いている。
樹皮の剥がれた部分が何箇所かあり、黒い空洞のようになっている。それがまるで顔のようで、俺は思わず戦慄した。
「この野郎……っ! 俺たちの村を……!!」
「デルマ、スプリガンは森から出てこないんじゃ……」
「そのはずだがな、どうも事情が違っているらしい」
スプリガンが枝を強くしならせる。威嚇行動のように見えるその動作を数回繰り返した後に、スプリガンは突然飛び掛ってきた。
「くそ!! おいヨイチ、その家に武器がある。それを取ってきてお前も戦え! 木の枝程度じゃ相手にならねぇ!!」
デルマは彼の身の丈ほどもある斧を背中から外し、突撃してくるスプリガンに向かって振りかざす。
枝とは思えぬ硬度を持ったスプリガンの枝は、デルマの一撃を難なく受け止めた。
理乃の手を引き、デルマの示した家へと急ぐ。
その家は壁が半壊していたものの、屋根は無事らしく中に入ることが出来た。
「武器屋か!」
床に散乱している武器の数々。だが、それらのほとんどはサイズが小さすぎて上手く扱えそうになかった。
「理乃、使えそうな武器を探そう!」
「わかった……!!」
理乃と二人で手当たり次第に武器を探す。
「代一……!!」
理乃が家の奥を指差して言う。
手ごろな長さなの剣が落ちているのが見えた。
すぐさま駆け寄り、それを右手に持つ。
荻野代一ogino yoiti
レベル:4
スキル:【見習い剣術】
武器 :【土斑族のクレイモア+3】
防具 :
装飾品:【守護者のアミュレット】
手に吸い付くような感覚。これなら戦える。
ドガン、と大きな音が響き、地面が揺れた。
思わずバランスを崩し床に手をつく。
「理乃……!」
立ち上がり、彼女の方に駆け寄ろうとする。その時、天井が崩れ俺と理乃の間に瓦礫の山が出来上がった。
「くそっ!」
窓の一つから外へ出る。
早く理乃のところに行かないと……!!
焦る俺は、近づいてくるモンスターの存在に気づかなかった。
「ぐは……っ」
横腹を思い切り殴られ、その衝撃に肺の空気が全て抜ける。
そのまま弾き飛ばされ、地面を数回転がる。
口の中に地の味が広がる。歯を喰いしばり立ち上がると、俺の方に向かってくるスプリガンの姿が見えた。
デルマの方の一匹だけじゃなかったのか……!
そうなると、理乃の安否が気になる。
スプリガンが俺に向かって突進してくる。
【土斑族のクレイモア】を構え、迎え撃つ。
「すぐにケリをつける……!!」
――理乃、無事でいてくれ。