第三十六話
涙を拭ったイルナは弱々しげに微笑む。
「えへへ、ごめんね。何だか涙が止まらなくて……」
「すっきりした?」
「……うん。ありがと、リノのおかげだよ」
二人の距離は大分縮まったようだ。
そろそろ喋ってもいいだろうか。いや、まだ早いかもしれない。タイミングが重要なのだ。
「私たちに出来ることがあるなら言って欲しい。何か力になれることがあると思う」
「……いいの?」
理乃は頷く。
イルナの視線が俺に向けられる。
「もちろん。助けになれるなら何でもするよ」
やっとだ。やっと喋ることが出来た。
女子が二人になっただけで喋るタイミングを見失うなんて、俺って案外臆病なのかもしれない。
いや、女性と話しなれていないだけだろう。経験が足りないのだ。そうだと思いたい。
「ありがとう……二人とも」
イルナは笑う。心からの笑みである。
彼女の心を開かせたは理乃だ。表面的には無感情を装っている彼女だが、内面は案外情緒豊かなのかもしれない。
俺たちは道具屋に案内された。
自宅の裏側にあるのがその店であるのだが、大通りに面しているのではなく、どちらかと言えば人通りの少ない場所に立てられているので、何もしなければお客は来ないだろう。
看板も問題だ。年季が入っていると言えば聞こえは良いが、木製の看板は端の部分が朽ち掛けていて、文字が黒くにじんでいる。目を凝らさなければそこが道具屋であることがわからないほどだ。
店内は閑散としている。
両端の壁に棚が置かれており、商品らしきものがいくつか並べられている。中央にはテーブルが置かれていて、そこにも商品が置けるようになっているのだが、今は何もおかれていなかった。
窓から差し込む日差しが店内を照らしている。見えないほどではないのだが、少し薄暗く思える。
これでは商品を魅力的に見せることは出来ないだろう。
自宅と繋がっている道具屋だが、自宅とは違い掃除は行き届いていた。埃一つ見当たらず、かなり清掃に力が入れられていることがわかる。
「これは?」
商品の一つを手にとってイルナに聞く。
小瓶に入れられた青色の液体である。
「それは回復薬だよ。一番質の低い奴だけどね。ちなみに私の自作なんだ! 家に余ってた材料で作ったのよ」
「自作か。凄いな」
「ん、凄い」
俺と理乃に褒められてイルナは若干恥ずかしそうに頬を掻いた。
「材料があってやり方を知ってれば誰でも出来るんだよ。技術によって出来る物の品質は変わるんだけど、私のはお世辞にも出来がいいとはいえないくらいだし」
「なら俺でも作れる?」
「魔力があるなら大丈夫。必要な道具は家にあるし、作ろうと思えば作れるよ。さっき取ってきた薬草もあるしね」
薬草は回復薬の材料になるのか。
イルナは危険をおかしてまで町の外に薬草を探しにいったみたいだが、回復薬にはそれだけの価値があるのかな。
俺がそれを聞くと、
「ううん。これぐらいならあんまり価値は無いよ」
「じゃあ何で薬草を?」
「私、これぐらいしか作れないから……色々な道具の作り方を書いた本はあるんだけど、私じゃ魔力が少なすぎて作製できないものも多いし。後は、材料が希少で手に入りにくいとかね」
唯一作れるのが回復薬だったと。
だけど価値が低いのなら、それを量産したところで道具屋を復興できるとは思えない。
だが魔力のことなら解決できそうである。
「……魔力のことなら任せて」
「え? リノは魔法使いなの?」
「理乃の魔法は凄いよ。実力は折り紙つきだね」
自信満々に胸を張る理乃に、イルナは若干驚いた様子だった。魔法使いは数が少なかったりするのだろうか。
「見習いはたくさんいるみたいだけど、一人前の魔法使いになれるのはほんの一握りの人だけみたい。まさかリノが魔法使いだなんて、驚きだな」
イルナに褒められて理乃はまんざらでもない様子だ。
確かに理乃が【聖魔法】のスキルを持っていることは間違いない。だけど正式に魔法使いの称号を受けたわけではない。
この世界の人たちからすれば自称魔法使い、みたいな感じになるのだろうか。
自称魔法使い。
何か急にチープな感じが漂ってきたな。
何はともあれ、イルナの道具屋を復興させるためには、何よりも品物をそろえることからはじめなくてはならないだろう。
魔力の問題が理乃のおかげで解決したとなると、残りは材料の問題か。どこかに自生しているのならそれを取ってくれば良いんだよな。
それくらいなら俺にも出来そうだ。
これは、何とかなるかもしれない。
まあしかし、行動を起こす前にしっかりと話し合っておく必要があるだろう。




