第二話
見るからに弱そうではあるが、見たことの無い生物であることは確かである。
そんな風に考えている間にも、モンスター(取り合えずそう呼ぶことにする)はぴょんぴょんと飛び跳ねて俺のほうに向かってくる。
何か武器になるものはないだろうか……。
辺りを見回すと、振り回すのに丁度よさそうな木の枝を発見した。ひとまずこれを武器として利用することにしよう。
「下がってて」
俺は雨笠に言う。
彼女は素直に俺の言葉に従ってくれた。俺から一歩はなれたところで、彼女は立ち止まった。
「うおっ!?」
モンスターが突然大幅に跳躍し、俺に突進してくる。驚いて間抜けな声を漏らしてしまった。
だがスピード自体は大したものではない。俺は木の枝を強く握り、そしてそれを振り抜いた。
ぽにょん、と手に伝わる感触。ゼリー状の体を持っているだけあって、物理攻撃は効き目が薄そうだ。
だが完全に衝撃を吸収できるわけではなさそうで、モンスターは一メートルほど後ろに吹き飛んだ。
これならいけそうだな……。
そう思ったのも束の間。俺は驚愕に目を見開き、信じられない思いでモンスターを見る。
球体に留められていた体から三本の触手が伸びている。モンスターはそれらを自在に扱えるようで、うねうねとそれらを操りながらこちらににじり寄って来る。
これは不味いな……。
「雨笠さん、何かあったら君だけでも逃げてね」
後ろにいる雨笠に言う。反応は無かったが、言葉自体は届いているだろう。
気を取り直して枝を握る。
「……さあ来いっ!!」
触手の一本が俺に向かってくる。枝を振るいその軌道を逸らす。
続いて二本目。今度は右下からの攻撃だった。危うく当たりかけたが、体を捻り、枝を上から下に力強く振るった。
俺の攻撃を受けた触手は見るからに動きが鈍くなった。すかさず二撃目を放つ。
ぶん、と音を立てて枝が触手を断つ。
やっと! と思ったのも束の間、三本目の触手が俺の左側から迫ってくる。
だが、上手く体を移動させてカウンター攻撃を放つ。今度は一撃で触手が千切れた。
これで残る触手は後一本である。案外いけるかもしれない。
そう油断したのがいけなかったのか。
俺は最初に放たれた触手から意識を逸らしてしまっていた。千切れずに残っていたその触手は、俺ではなく、俺の後ろにいる雨笠へと伸ばされていた。
「くそっ!!」
モンスターに背を向けて俺は走り出す。
全力で走った結果、何とか触手が雨笠に届く前に彼女の元にたどり着くことが出来た。
途切れる息。肺が痛い。今までに碌に運動していなかったツケが今回ってきたらしい。
が、後ろに雨笠がいる手前、情けない格好を見せるわけにはいかない。
俺は何とか気力を振り絞り、触手に二度攻撃を加え、そしてそれを断った。
よし、後は本体を叩くだけ……。
「危ないっ!!」
雨笠の叫びが聞こえたときには、俺の視界にはこれまでにないほどのスピードで向かってくるモンスターの姿が映っていた。
全く、俺は何度油断すれば気が済むのだろうか。これは流石にかわせない。
まあ、雨笠が狙われなかっただけマシと言ったところだろう。
ズガンッ、と音がして、つま先から脳天にまで衝撃が走る。
あの外見からは想像も出来ないほどの衝撃に、俺の体はいとも容易く弾き飛ばされた。
意識を手放さないようにと必死に歯を食いしばる。
俺の体は地面を数回転がり、そして止まった。
「……ぐっ」
かすれる視界。
だがそれでも、俺はモンスターが雨笠を次の標的にしたのだと言うことがわかった。
当の雨傘は、足を震えさせてその場から動けずにいる。
俺しかいない。
今この場で彼女を守ってやれるのは、俺しかいない。
出会って数十分、お世辞にも友好的とは言えない態度の少女だが、それでも俺は、彼女が悪い人間ではないと言うことを理解し始めていた。
だからだろう。
俺の体は気がつけば走り出していた。
スローモーションになる世界。
体が軽く感じられる。
モンスターがジャンプモーションに入る。
早く……もっと早くだ……!
俺は何とか雨笠の元までたどり着き、彼女を庇うようにしてモンスターと向き合った。
驚き混じりの雨笠の顔。瞳には涙が溜まっている。
一撃で仕留めなくては……。だが、木の枝では攻撃力が足らない。何か、何か武器は無いか……!
策は無い。俺は雨笠を守りたい一心でこの場に立っている。
守りたい――
そんな俺の思いに呼応するように、胸元で何かが光る。
【守護者のアミュレット】から発せられた光が、一本の剣を形作っていく。
悩んでいる暇は無く、俺は迷わず、現れた武器を握った。
「うおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!」
向かってくるモンスター。
ただ我武者羅に、剣を振り下ろす。
空気を切り裂く音が響き渡る。それと同時に、握った剣の刃が鈍い光を帯びた。
俺の放った斬撃は、モンスターの体を容易く切り裂いた。
これで、終わり……!
だが、モンスターの死をもってなお、俺の攻撃は継続していた。光る刀身が一筋の飛ぶ刃を生み出す。それは異常なまでの破壊力を持って、木々を粉砕し森の奥の奥へと消えていった。
哀れかな、そこで俺は意識を失ったのだった。