第一話
はじめまして。
俺が目を覚ましたとき、俺の隣には見知らぬ美少女が一人寝息を立てて眠っていた。
ここはどこだろう、と辺りを見回して見る。が、見えるのは空と雲、それから生い茂る草木ばかりである。
この美少女が何かを知っているのか。もしくは彼女も俺と同じで何も知らないのか。どちらにせよ、まずは彼女のことを起こさなくてはなるまい。
美少女に触れるのは少し躊躇われたが、何とか肩を揺すり、彼女を目覚めさせることに成功した。
「ん……あれ……?」
「起きたみたいだね」
「…………っ!!?」
俺が声を掛けると、美少女は見るからに驚愕し、慌てて飛び起きて俺から距離をとった。
「あはは……警戒されるのも無理は無いよね。これ以上近づかないから、話だけでも聞いてくれる?」
「貴方……。誰……?」
「そっか。まずは自己紹介からだよね。俺は荻野代一。年齢は十五。特に特徴の無い極普通の高校一年生です。なんてね――君は?」
「……雨笠理乃」
「じゃあ雨笠さん。最初に言っておくと、俺はここがどこだかわからないんだ。目が覚めたらこの場所にいたんだからね。おかしな話だけど、本当のことだよ。それで、雨笠さんはこの状況に関して思い当たることはある?」
雨笠は俺の目をじっと見つめる。見ているのは俺の瞳ではなく、さらにその奥……俺と言う人間を見極めようとしているのかもしれない。
「私は……」
彼女が小さく呟く。
「何も……知らない」
「そっか。一体何がどうなってるんだろうね」
「…………」
俺と雨笠の間に沈黙が舞い降りる。
現状に関してはお互いに何も知るところが無い。となると、彼女と何を話すべきなのかさえもわからなくなる。
他愛の無い雑談を繰り広げられるほど、俺は空気の読めない男じゃない。かといって女性と話した経験など数えるほどしかないので、彼女とどのように接して良いかもわからないのだが。
「う~~ん……どうしたもんか」
悩みに悩む俺だが、答えは一向に見つからない。苛立ちのままに髪をぐしゃぐしゃと掻いた。指先が頭にこつんと触れた。そのときだった。
脳内に文字が広がっていく。俺にも理解できる、意味のある文字群が、暗闇を背景に俺の頭の中で展開された。
荻野代一ogino yoiti
レベル:1
スキル:
装備品:【守護のアミュレット】
これは一体……。呆然とする俺を見た雨笠が、訝しげな目線を俺に向けてくるのがわかった。
「……何?」
「いや、これは……。俺にも何が何だかわからない。けど、物は試しだね。雨笠さん、自分の頭を指先で軽く叩いてみてくれないか?」
「……何で?」
「そう不審がらないで。正直わけがわからないことだけど、まあやってみればわかると思うよ」
目を細めて俺を一睨みした雨笠は、髪を掻き分けるようにして頭を指先で叩いた。
こつん、と音がして、雨笠の目が見開かれる。そんな彼女の様子に、彼女も俺と同じものを見たのだと確信する。
その時、俺は初めて自分の胸辺りに何か違和感があることに気がついた。
首に細い鎖が掛けられている。それは服の内側に伸びていて、何か重さを持つ物が下げられているのだというのが感触でわかる。
引き出して見ると、それは加工された立派な宝石であった。見たことも無い宝石だし、その大きさは手の平を程ある。厚みは一センチほどだが、本物の宝石だとすればその価値は計り知れない。
もしかすると……これが【守護のアミュレット】なのだろうか。
「これは……何?」
「多分だけど、俺にも君と同じものが見えたよ。自分の名前に、レベルの文字、それからスキル。その下には装備品の文字があって、それを見るに俺はどうやら【守護のアミュレット】とやらを装備した状態であるらしい」
俺は首から提げたそれを雨笠に見せる。雨笠は神妙そうに頷いたが、宝石自体にはあまり興味が無いようだった。
女の子なのに、変わった奴だな。
「私の場合は装備品のところは空白になってる。レベルは1……」
「レベルは俺も1だよ。多分このレベルって言うのは、ゲーム的なあれだろうね。つまり、成長の度合いを数値化してるんだと思う。レベルが上がれば上がるほど強くなる、みたいなね」
女の子である雨笠にもわかり易いように、俺は説明した。
「それから、俺の場合はスキルの欄が空白だった」
「……私はスキルのところに何か書いてある。【白魔術】……良くわからないけど、そう書いてあった」
スキル:【白魔術】か。俺の【守護のアミュレット】にしても、その効果がさっぱりわからないな。
「スキルって言うのは、きっと特殊能力みたいなものだと思う。ほら、手から火を出したり、空を飛んだり――」
「私、空を飛べるの……!?」
「うわっ!!?」
急に目を輝かせた雨笠が俺に急接近してきたので、驚いて間抜けな声を上げてしまった。
何だろう、雨笠は空を飛ぶことに憧れでも合ったのだろうか。空を自由に飛べたら、なんてことは誰しもが一度は考えることだとは思うけど。
「いや、それは雨笠のスキルの効果がわからないから何とも言えない。僕の【守護のアミュレット】にしたって、ただの装飾品なのか、それとも何か効力のある品なのか皆目検討がつかないし……」
「そう……」
雨笠は非常に残念そうに俺から離れていく。
と、そのときだった。
茂みがざわざわとゆれ、その中から何かが飛び出してくる。
俺は反射的に、雨笠の手を取って彼女を自分の背後に移動させた。
ここがどこなのかわからない以上、危険な生物が出てこないとこ限らない。男である俺が、彼女を守らなくては……。
そんな決意をした俺の眼前では、完全に姿を現した謎の生物がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「なんだ……こいつ……」
幼児の作った粘土細工のように投げやりな球体をしたゼリー状のそいつを見て、俺はそう呟いた。
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