再会
わたしの、些細なる願いは、思ったよりも早く叶えられることとなった。
言うなればそれは違和感で。
同時にそれは、分けて違うものになったはずの力が近づいてくるという、不思議な感触だった。
「……レナート」
それは、エメラーダが退出したあと。
気まずい空気を拭おうとするかのように、セイジュが口早に、部屋に置くためのソファの種類について言及し始めた直後の事だった。
「どうされました」
セイジュが家具の種類やら色やらを精力的に決めていく傍ら。
わたしと同じように呆気にとられて、それを聞いていたはずのレナートは。わたしの呼びかけに、すぐさま我に返り。そう問いを返してきた。
「姫が、きた」
ほぼ単語だけで構成されたわたしの言葉を、レナートは長年の付き合いだけあって、過不足なく理解したようだった。
はっと表情を改めると、すぐさま部屋の入口付近にいた見張り兵に何事かを言いつける。見張り兵もまた、ひとつ頷いただけで。鎧をがちゃがちゃ鳴らしながら飛び出していった。
「お優しく、なさいませ」
だんだんと近づいてくる姫の気配を感じながら。レナートの様子を見ていた私に。ソファにおいてあったクッションを手にしたセイジュが、釘を差すように言う。
セイジュもまた、わたしの言葉の意味を正確に解したようだ。
「もう、噛み付くなどといった暴挙にはでられませんよう。よろしゅうございますね?……家具などは後で整えることに致しましょう。わたくしは少しでもお部屋を整えておきますわ」
セイジュはそれだけをいうと、わたしにもう用はないと言わんばかりに背を向けた。ベルを鳴らして小間使いを呼び、手際よくあたりを片付け始める。
わたしは心を鎮め、深く呼吸をした。
身体の奥深くに溜めてある力を、解き放つような感覚で、力を細かく編んでいく。門が編み上がれば、ハザマの神に力を乞うて。編んだ門に、神の力を流しこむ。
それが移動術の展開だ。
本来ならば移動術は転移門の付近では使えないことになっているのだが。不思議なことに、ハザマの街に続く転移門に関してはこの原則が当てはまらないのだ。
「私もすぐに参ります」
門の中に道が開いていくにつれ、周りの気配が薄くなっていく。
遠く、レナートの声を聞きながら、わたしは姫の気配を探った。
姫がこちらにくるまで、あとわずか。この調子ならばおそらく姫は、ハザマの街に出るはずだ。
できれば、姫よりも早く。ハザマの街についておきたい。
移動術で開いた道を通って、ハザマの街に出ると。
また雨がふっていた。
陰気なレンガの街並み。
いつの頃からかここにあって、昔から朽ち果てている街。
たまにやってくる姫神の召喚を、ただ待っているだけの。
降りしきる雨に目を細めながら、空を見上げていると。
中空に、突然ふわりと白い光が浮いた。
乳白色のやわらかな光をまといながら、それはふわふわとたゆたいながら降りてくる。
ゆっくりと地面につくと、光は消え。
姫の姿を吐き出した。
「姫……」
思わず、そう呼びかけていた。
姫のまつげが震えて開き。戸惑ったように身を起こす。
本当なら、駆け寄って抱き起こせばよかったのだが、なぜだか身体がこわばってうまく動けなかった。
姫は、どうやらまだわたしに気づいていないらしい。
不思議そうな顔で手についた汚れを払い。その後、なぜだか難しい面持ちで手の平を眺めた。
どうしたのだろうと見守っていると、「夢の続きって見れるんだ」と。そんなことを呟いた。
そうしてから、きょろりと。辺りをうかがうように頭を巡らす。
もしかして、わたしを警戒しているのだろうか?
……やはり、噛み付くなどといった暴挙に出るべきではなかったか。
けれど、あの時は。胸に沸き起こった愛しさと、苛立たしさをどうしていいのかわからなかったのだ。
――せめて、くちづけになさいませ。逃げられましてよ。
セイジュの言葉が正しかったとわかってはいるが。
後悔してももう遅い。
一度やらかしてしまったことを、なかったことには出来ないのだ。
わたしにできることは。姫を逃がさないようにすることだけだった。
更新がずいぶんと空いてしまって申し訳ないです。
久々の更新ですが。
イケメン様がストーカーになっています。