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忠告

「わたくしは……陛下の側室ですもの」


 さっさと部屋に戻ってしまえばいいのに。

 エメラーダはまだわたしの前にいて、立ち尽くしていた。


「側室には、正妃様が誰になるのか、知る権利があっても良いのではないかと考えただけですわ」


 まるで言い訳のように。

 いや、まるで自分に言い聞かせているかのように、エメラーダはそう呟いた。


 実際、正妃の話などエメラーダにはなんの関係があるのだと、わたしは思っているのだが。それを口にすれば、間違いなく猫の剥がれたセイジュに背中を殴られそうだったから、そこはあえて沈黙しておくことにした。


 姫神は、姫神だ。

 正妃でなくとも、姫神が姫神たることに変わりはない。

 その恩恵が減ることもない。

 姫神は在るだけで良いのだ。

 歴代の姫神は、おおむね。正妃になってきたけれど、正妃にならなかった姫神もなれなかった姫神も。たくさん、存在する。

 姫神を正妃にしたいのは、歴代の王たちのわがままで。

 姫神を護る救済措置という名目の上。姫神を己の手の中に囲い込む手段だった。


 姫神はもう、元いた世界では生きられない。

 それならば。大切に手の中で慈しんで何が悪い? 誰に咎められよう。


 ほんの少し、心のなかに芽生える罪悪感を、そんな建前で塗り込める。


 大切に、する。

 大切に、守る。

 だから、姫。次はどうかわたしから逃げないでくれ。

 そうして、できれば。わたしの正妃に、なってくれればいいと、願う。


「陛下」


 指先を、体の前で組んだエメラーダが、懲りずにまた話しかけてくる。

 まだいたのか、という言葉を飲み込んで。視線だけで、その言葉を促した。


 エメラーダのことは、別段嫌ってはいない。

 いや、嫌うほど知らぬ、というのが正しいのかもしれない。エメラーダはおとなしい雰囲気の、聡明な娘ではあるが。いかんせんその背後がよろしくない。長年の宿敵であるラシット王の異母妹と思うだけで、ついその存在を遠ざけてしまうのだ。

 理性では、かわいそうなことをしていると思わないでもないのだが。

 寝所のように無防備な姿を晒すところへ、宿敵の異母妹がいるとなれば。足が遠のくのも、仕方のない事だとはいえないだろうか。


「陛下、どうか。姫神様のこと、お気をつけなさいませ」

「姫神?」


 エメラーダの言葉に、わたしは思わず片眉を上げた。


「姫神様は、天の愛し子。その存在を欲するのは、なにもこの国だけではございません」


 そんなことは、言われずとも知っている。

 エメラーダへの罪悪感が、一瞬で薄れ。姫がわたしの腕の中から消えた瞬間を思い出し、ただ苛立ちだけが心に残った。


「わたくしは……陛下とこの国を、心より愛しております」

「何が言いたい」

「いえ。……出すぎたことを申し上げました。申し訳ございません」


 わたしの苛立ちを、この目にみたのか。

 エメラーダはわたしと目を合わせた瞬間、惑うようにその緑色の瞳を伏せた。体の前で組んだ手を白くなるほど握りしめ。完璧な角度で、わたしに一礼をとってみせる。


「お邪魔を致しました。失礼致します」


 くるりと背を向けて、衣擦れの音さえたてずに去っていくエメラーダを、わたしはただ不可解な思いで見つめた。


「セイジュ、どういうことだろうか」


 エメラーダはいったい、何をしに来たのだろうか?

 胃のあたりに、しこりが残っているような不快感だけがあとに残る。


「わたくしが存じ上げているはずございませんわ。ご自分でお訊きになってくださいまし」


 セイジュはつんと顎を逸らして、まるで咎めるようにわたしを見る。

 わたしの対応がまずいから、エメラーダが不可解な言葉の説明をせずに消えたのだと、言わんばかりの表情だ。たしかにその自覚はあるが、今は。エメラーダに姫神の……わたしの姫の話題を振ってほしくなかっただけなのだ。


 だが。

 エメラーダに言われずとも、姫神が天の愛し子であることくらいは百も承知だ。

 部屋の内装をいじるのを再開したセイジュに冷たい目で見られつつ、わたしは姫に思いを馳せる。

 次に会うときは。

 少しくらいは、打ち解けた話ができるといいのだが。

思えば、エーメさんは不幸な人です。いつか報われるといいのですが。

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