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予感

「知りませんわよ、イアン様に怒られても」


 呼ばれてすぐにやって来たセイジュはそんなことを言って、くすりと笑った。


「執務をほうり出したことか?」


 姫の部屋は、日当たりの良い広めの部屋にしよう。薄いピンクで統一した部屋がいい。昔祖母が、サクラの間だといって好んで使っていた部屋だ。祖母と同じ黒い髪と黒い目の、同族らしい娘なら。喜んでくれるかもしれない。


 姫に用意する部屋のことばかりを考えながら、長い廊下を歩き、階段を登った。そうして、ふとセイジュの言葉に気づき、わたしは首を傾げる。

 レナートは相変わらずわたしの後ろに付き従っていたが、わたしの疑問に答えることはしなかった。ただ、セイジュだけがいいえと頭を振る。


「ほかにございまして? ああ、でも。女性に噛み付くのはどうかと思いますわよ」

「力を注ぐのに手っ取り早いかと思ってな」

「せめて口づけになさいませ。逃げられますわよ」


 幼い頃から一緒に育ったセイジュも。わたしに対する言葉にまるで遠慮がない。

 とはいえ、セイジュの言い分もわからないでもなかった。

 たしかに普通。出会ったばかりの女性に男が噛み付く、なんて暴挙には出ないものだ。暴挙。そう、暴挙だ。

 わかってはいる。

 けれどあの時は、本当に。

 溢れる黒い感情を、ほかに逃すすべがなかったのだ。


「でもまあ、済んでしまったことは仕方がありませんわ。挽回できるように、がんばってくださいませ。悪印象を改善するのですわ!」


 ぐっと、拳を握って、セイジュはまるで自分が頑張らねばならぬような表情を見せた。どことなく楽しそうに見えるのは、果たしてわたしの気のせいだろうか?

 セイジュは、姫に与えるつもりの部屋がサクラの間だという話を聞いた途端、俄然やる気を見せた。わたしにはわからない女性に人気の職人たちの名を次々とあげて、家具やらカーテンやらを提案していく。

 わたしがまるでついていけないのを見ると。

 普段かぶっている猫を脱ぎ捨てる勢いで、舌打ちをした。

「……これだから、顔だけの男は……!」

 吐き捨てた言葉は、この際だから聞かなかったことにしておこう。


「あの、陛下」


 サクラの間まで、あと少し、というところで。

 階段の影に佇む女の姿を目にとらえた。落ち着いた茶色の髪を複雑な形に結い上げた緑玉石の瞳の女だ。一見おとなしげに見えるが、それだけでないことを、少なくともわたしは知っている。

 エメラーダ。

 長年敵対していた、隣国のラシット。そこの憎たらしい王ロータスの異母妹で。停戦条約を結んだ時に断りきれずに側室に上げた娘。


 今まで何かに憑かれたように部屋の内装の案を出し続けていたセイジュがぴたりと押し黙る。

 一歩下がると、エメラーダにたいして完璧とも言える一礼をしてみせた。

 こいつ。わたしに、エメラーダの相手を押し付ける気だな。


「陛下、お聞きしたいことがございます」

「言ってみろ」

「先日召喚された、姫神様の件でございますわ」


 緑玉石の瞳に、強くたわんだような表情が滲んでいる。

 何かの拍子に、タガが外れてしまいそうな。そんな危うさだ。


 わたしが沈黙を守っていると、エメラーダは更に言葉をついだ。


「わたくし、このイーミル国では、歴代の姫神は王の正妃になるという話を聞きました。それは真実なのでしょうか?」


 歴代姫神は、王の正妃になる。

 それはある意味真実で。ある意味正しくない。

 けれど、今、その言葉を聞くほど苛立たしいことはない。

 わたしの姫が。今この場にいない、この時に。


「たとえそれが真実だったとしても、お前にどのような関係があるのだ、エメラーダ」


 いらだちを含んでエメラーダを見据えると。

 さしものエメラーダも多少は怯んだようだった。

「アージェント様」

 背後から、セイジュの咎めるような声が聞こえたが。

 それに構う余裕は正直なかった。


 この手の中から、消えてしまったわたしの姫神。

 その感覚を思い出せば、その存在はあまりにも頼りなくて。

 その事実を思い出させたエメラーダには、正直憤りしか感じなかった。

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