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夢想

 書類の山に埋もれながら、思うのは。

 還ってしまったわたしの姫神のことだ。


 仕事をしなければいけないのはわかっていたが、どうにも気が乗らなくて。気がつけば視線は窓の外。止まない雨と灰色の空を、ただ見つめていた。


 彼女は。甘い甘い匂いがした。

 腕に抱きとめた体は、やわらかくて。華奢で。少し加減を忘れて力を込めれば、壊れてしまうんじゃないかと、そんなことを思うほど。


「上の空ですねぇ、アージェント様。イアン様にしれたら、また怒られますよ」


 せっかく彼女の思い出にふけっていたのに。くすくすと笑いながら邪魔をしてきたやつがいる。

 わたしの側近のレナートだ。

 レナートは、イーミル国三側近の筆頭とか大層なことを言われているが。なんのことはない。ちょっと人より腕が立って、わたしの乳兄弟の一人で。わたしの護衛として四六時中そばにいるから、対外的に顔が売れているだけだとわたしは思っている。

 大した男ではないと思うのに。なぜだかいつも、婦女子たちに人気が高い。優しげで誠実そうな顔が、ものなれない女達には心安いのだろうか。


 そこでふと思ったのは、わたしの姫のことだ。

 彼女はもの慣れない風だった。

 もし。レナートの、誠実そうな優しげな顔に惹かれたら、どうするべきか。


「レナート」

「はい?」

「おまえ、姫に近づくなよ」


 ぺらりと手近な書類をめくって読みながら、そう言わずにはいられなかった。

 レナートは、わたしをまじまじとみつめ。恐らくわたしの言った言葉の意味をまじめに考えたのだろう。

 瞬くこと、数瞬。

 沈黙が満ちること、十数秒。

 わたしが、読んでいた書類に認可のサインを書き終え。印章をおし。次の書類に目を通し終わる頃に初めて、ぶはっと大仰な笑い声が聞こえた。


「なんなんですか、アージェント様。そんな子供みたいな。まともに会っていないのに、私なんて一言だって口聞いていないんですよ? そもそも姫君に、認識すらされてないでしょう。それなのに、もはや私にヤキモチ? うわーわけわかんねぇ!」

「黙れ、レナート」

「いや、だって無理でしょ、それ。私はアージェント様の護衛なわけで。アージェント様が姫君のおそばに行くたびに私だって一緒にいくことになるんですから。近寄るななんて言われたら、私は仕事ができませんよ」

「そんなことはわかっている。極力寄るな、という意味だ」

「まぁ、心掛けてはみますけどねぇ。期待はしないでくださいよ?」


 くくく、とまだおかしそうにレナートは笑っていて。

 わたしは全く面白くない。

 溜息をついて、書類仕事に戻るけれど、頭はやはり。姫のことばかり。書類の内容は、王としてはどうかと思うが。まったく頭に入ってこなかった。


 祖母に、姫神の存在を聞かされてから。

 大切にすると誓ってから。

 夢物語ばかりを追っていられるほど、王としてあるのは楽なことではなかったけれど。それでも。

 憧れが、今ようやく現実になったのだ。

 多少浮かれても、しかたがないだろう。


 もう今日は。仕事をする気にもなれない。

 急ぎの案件だけは片付けたことだし、今日はもうサボってもいいだろう。


 席をたつと、俯いたまま笑いをこらえていたレナートが驚いたように顔を上げた。

「どうされました?」

「……今日の執務は終いだ。セイジュを呼べ。姫の部屋の用意をしよう」


 イーミル国三側近の紅一点。レナートの姉のセイジュは、よく気がつくいい娘だ。女にしては、そこらの男に負けない武術の腕を持っているし、姫が来たら、彼女の侍女になってくれるように頼んでおこう。

 それに、姫はこちらに住むことになるのだから。部屋の用意も整えて置かなければならないだろう。用意をするように命じては置いたが、やはり、セイジュとともに一度見ておこうか。

 女の目にしかわからない、こまやかな気配りなどもあるかもしれないし。


 レナートが生ぬるい目を向けてきていることには気づいていたが、そんなことはどうでもいい。

 今、わたしにとって大切なのは。

 姫がこちらでいかに心安らかに過ごすか、なのだから。

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