表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

帰還

 そのくちびるに、口づけようとして。

 わたしはふと、思いとどまった。


 わたしの腕の中で、娘は身を固くしている。

 それが少し、寂しくもあったけれど。

 祖母に昔誓ったように。大切に大切に慈しめば、いつかはこの腕に、安心してその身を預けてくれるようになるのだろう。


「逃しはしない」


 呟いたその言葉は、娘に届いたのか、どうなのか。

 けれどその時。腕の中にいる、娘の気配がわずかに薄れているような気がした。

 世界が、この娘を拒絶しているのだと、遅れて気がつく。

 逃すものか。この娘は、わたしのものだ。

 はじめて会った娘に、何故ここまで執着するのか。多少の期待は確かにあった。けれどもう自分は、祖母のお伽話に胸をときめかせていた、少年ではないのに。

 自分でも、多少不思議に感じるけれど、もう後戻りはできない。


 くちづけよりも、もっといい手があると、その時気がついた。

 この娘を、姫神としてこの国に繋ぎ止めるために必要なもの。それは王としての力だが。一般的に言って、力を注ぐ方法というのはいろいろある。


 触れるだけでも注げることは注げるが。一番いいのは体液の摂取。唾液でも、血液でも、なんでもいい。

 深くくちづけるのでもいいが。それよりは。


 そっと、その首筋に舌をはわせると、娘はびくりと身をすくませた。

 違う世界から来た、異界の娘。

 もし、元いた世界に男がいたら、どうしてくれよう?

 ふとした思いつきだったのに、黒い感情が容赦なく胸を焼いた。


 そうしている間にも、腕の中の娘の気配はどんどん薄くなっていく。

 もともと、きたばかりの姫神というのは不安定なものだ。来たり、還ったりを繰り返す。それを、だんだんと力を与え、この世界になじませていくのだ。

 だから、少なくとも一度は、あちらに還るとわかってはいた。

 いたけれど、なんとはなく。腹立たしい。


 苛立たしさのまま、なめらかな娘の首に歯を立てる。

 そのまま、ゆっくりと力を注ぐ。

 わたしの力が、少しずつ娘の中に降りていく。凝って、たまって。その存在を、確実にこちらの世界のものへと、創り変えて。


 力を注ぎ終わる頃に、ふわっと空間が揺らいだ。

 娘の体はかき消すように消えて。

 重みが消えるとともに、喪失感がこみあげる。けれど、そう遠くない日に、また会えることは確実だ。

 あちらとこちらを繋ぐ穴は開いている。

 ならば、ふとした拍子にあちらから弾かれて、こちらにおちてくる。

 それを、間違いなく抱きとめれば良い。


 ぽつり、と。

 降りだした銀の雫が頬にあたった。

 娘が還った途端に雨が降り出したのだ。


 ぽつぽつと、雨は次第に激しさをまして。

 けれど、今更、雨を避ける気にもなれず。

 レナートたちを引き連れて、わたしはゆっくりとした足取りで、城への帰路をたどった。


 あの娘は、次はいつ、こちらにくるのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ