希望
娘は、よくわからないといった顔つきで、わたしの腕に抱かれたまま、首を巡らせてあたりを見回していた。
取り立てて可愛いわけではなかったし、どちらかというと平凡な顔つきをした娘だと思ったが、そんなことは特にたいした問題ではない。
この国に日の光をもたらす娘であり、希望であり、自分のことを王としてではなく見てくれる娘かもしれないと思うと、それだけで胸が高鳴った。
年の頃なら幾つくらいだろう?
この間、断りきれずに側室にあげた、エメラーダと同じくらいの年頃に見える。だとすれば、二十代をいくつかこえているのかもしれない。
娘に対して興味は尽きないが、召喚を行なった王として、やらなくてはならないことがある。
姫神を召喚するのだと通常言い表しているが、本来姫神とは便宜上の呼び名に過ぎない。
召喚術の条件に合致しただけの、ただの人間なのだ。
普通の人間よりも太陽の加護を厚く持った、多くは別の世界の人間。
昔の祖母のように、黒い髪と瞳をしているから、もしかしたら、同じ国から来たのかもしれない。
わたしたちに、何より、わたしにとって、姫神はなくてはならないものだが、この世界にとっては、姫神は不要のものらしい。姫神を異質なものとして、この世界から弾き出そうとするのだと言う。
そうさせないためには、召喚者が、姫神に力を与えなくてはならない。この世界のものを混ぜて、世界をごまかしてしまえと、恐らくそう言う事なのだろう。
力を与えるために、口づけを。
王から姫神へ。
それが姫神をこの世界に繋ぎ止める楔となる。
ひどいことをする、という自覚はある。
無理矢理にこの国に召喚し、還る手段を少しずつ断ち、姫神に祭り上げるのだから。
例え、元の世界で寿命が尽きかけていたとしても。自分の世界で寿命を終えるという選択肢を与えもせずに奪うのだから。
ひどいと罵られても、なにも言えない。
けれど。
この娘を。
この世界に繋ぎ止めて。完全に自分のものにできると思えば。
酷いことをしているという自覚とともに、暗い喜びが胸を満たした。
「姫。わたしの、ひめ」
そっと、呼びかける。
娘は幾度か瞬いて、わたしをみつめて。
むずかる子供のように、顔をしかめた。
そうして、そっとわたしの胸を押してくる。
娘の望むままに、抱きとめた体を離すと。娘はよろけながらも、立ち上がった。
おとなしく、この腕に抱かれていればいいのに。
あぶなっかしい、と苦々しい思いを感じる。
「ここ、どこなの……?」
娘はあたりをもう一度見回して。
それからゆっくりと私をみた。
「うわ、イケメンがいる」
意味はよくわからないが、わたしに向かってなにか言ったのは間違いがないようだ。地面についていた膝を払い、立ち上がると。
娘はびっくりしたように、数歩さがり。
そしてなぜか、くるりと踵を返して走りだした。