召喚
灰色の国、イーミル国。
そこは、どんな理由があるのかは不明だが、一年の大半が曇りと雨という、いささか鬱陶しい国であった。晴れるときもあるものの、それは非常に稀である。
天候に左右されない工芸品などの特産品をたくさん持っているし――特に織物は質が良いので有名だ――芸術品を高く評価するので、芸術家が多く集まる国でもある。 そう、決して貧しい国ではないのだが。
それでも、やはり。太陽の恵みなくして国土は肥えないし。
人も大地もどうしたって痩せていく。
そんな諦めにも似た感情が、常に漂っている。言っては何だが陰気な国だ。
けれど、数十年に一度。
イーミル国が明るさに包まれる時期がある。
『姫神召喚』
新しく玉座についた王が、祈りを捧げて、神界より姫神を招く儀式だ。祈りに応えて降り給う姫神は、天の加護を厚く受けていると言われ。
姫神が、その器に選んだ人間の寿命が尽きるまで。
イーミル国は灰色の空から開放される。
他国と同じように、太陽の光が降り注ぎ。
たまに雨が降っても、概ね晴れて、大地は肥えるのだ。
※ ※ ※
召喚陣が、白い白い光を放つ。
灰色の空を切り裂いて、ハザマの街に真白い光が立ち昇る。
わたしは、それを期待に満ちた眼差しで見守っていた。
ようやく、この時がきたのだ。長い長い間、待ち望んでいた、わたしだけの姫神がやっと来る。
光が収まり。
召喚陣の中に見えた人影。
黒い髪の、娘だった。青ざめた顔をして、ぐらりと倒れこんでくる。慌てて手を差し伸べれば、はじめからそうなると決まっていたように、ゆっくりと腕の中に収まった。
柔らかくて、温かいその体。
思わずぎゅっと抱きしめれば、どこか甘やかな匂いがした。
「……姫」
大切にすると、ずっと祖母と約束していた。
さすがに、あの時ほど純粋ではないけれど。それでも、もしかしたらという思いはいつもあった。
王として。王位を護るものとして。国を守り導くものとして。
人から期待されることには慣れているけれど。
もし。姫神が、祖母が言っていたように、王ではないわたしを見てくれるとしたら。案じてくれるとしたら。わたしが王でなくなったとしても、愛してくれるとしたら。
それは、どれほど幸せなことだろう。
娘の体から、召喚の光が失せていく。
光が収まると、娘がみじろいだ。ゆっくりと。本当にゆっくりと、夢から醒めるときのように、娘のまぶたがあがる。
数度瞬いて、不思議そうに首を傾げた。
気がつけば、先程まで降りしきっていた雨が止んでいる。
晴れるほどではないけれど、雨が止むなんて、珍しい。現姫神の祖母が病の床についてから、ずっと雨が止むことがなかったというのに。
娘の瞳は、夜の色をしていた。
優しい色をした、その瞳に。自分が映ればいいと、そう思った。