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氷神 -koorigami-  作者: 心葉 梓都(しとらす)
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氷姫 -koorihime-



『氷神レルフが怒り狂い始めた。山脈の村が次々に滅びていく』


そんな事実を、人脈は躊躇なく広めては恐れをなしていた。

氷神レルフの信仰。数ある山脈の中で、我々が住むこのサルフィをレルフ自らが選んで守り神として宿られたといわれる、極寒の中での唯一無二の神である。

「それが今…何かにお怒りになられ、山脈を狂わす事態に陥っていると」

俺は告げた。目の前に立つ王女セレンは、その目を細めた。

彼女はセレン。この小さな村ロランの王女、そして自らが村を守ると剣を習い、その実力で将軍にまでなった姫だ。

ロランの姫であり将軍でもある。

「幾つ目か」

「…、ひと月の間に、4つの村が…壊滅したと」

いつ『かつての守り神』が村を滅ぼしに来るかわからない。予兆さえなく、静かにレルフは降り立ち村を葬る。

「…ジアル」

苦痛を察したのか、俺の名を呼ぶセレン。やはり将軍だ。相手の気や心を察するのは一流なのだろう。

「…私の心配などお考えにならないで下さい、セレン様。私はこの通り……村を守る為に、ここに最期まで残ると仰ったではありませんか」

「はっ…」

嘲笑う、とは違う意味で彼女は笑った。可笑しい事など言っていないのだが。

「お前らしいな、ジアル。だが無論それは私も同じ意志なのだよ」

「…セレン様」

「止めるな。将軍になったときから決めていた事だ、今更変える気などかけらもない」

また心を読んだのか、否定しようとした俺は口をつぐんだ。彼女はここにいてはいけない。例え村が滅ぼされようと、強い彼女なら一から村を築くことさえ可能だ。

…生き延びて欲しい。

(それに、恐らくは)

「…だが、この村は破滅するだろうな」

考えるより先にセレンがつぶやく。

「三番目に滅びた村…シーヴェルは農作物もそうだが、軍備万全がとりえだった。反撃しない訳がなかろう…シーヴェルもかなり抵抗しただろうな」

だが、虚しくも滅びていったのだ。

「……」

何も言い返せない。小さく口の中で歯軋りをした。

「それにな…ジアル」

向き直り、セレンはその真っ直ぐな視線をこちらへ向けた。

「私にこの村の全ての責任があるのだ」

(……っ)

思わず眉を寄せた。相変わらずセレンの瞳は強い意志を纏う。

「では私は」

言葉に迷い、一瞬黙り込んだが、

「…貴方様の守護を務める騎士です」

「ジアル」

正するように促そうとしたセレンを静かに見つめる。こちらだって考えを曲げるつもりはないらしい。

「…もう村の民はほとんど逃げるように指示を出してあるのだぞ。一刻も早く、必ず明日にはここを離れろと」

「元々死を覚悟して家を出た身です。…それに、この騒ぎの中でも互いに連絡さえ取らない薄情な家族と、その息子ですから」

「…心配ではないのか」

「……多分、私の顔を見ても気づかないでしょう」

今度はセレンが口をつぐむ番だった。触れてはいけない過去を、彼女は知っていたから。軽率だったと考えているのだろう。

「……仕方ない、か」

暫しの沈黙の後、

「…今より、騎士ジアルを解雇とする…!」

彼女は高らかに言った。

「…!? セレン様!!」

「神に背くのは、報いを受けるのは私だけでいい。明日までに城から、…村から逃げるのだ!」

「しかし…」

「これは姫と将軍からの言葉と、最後の指示だ」

「セレン様」

そのとき、いつも緊迫としたセレンの顔がふっと笑ったのが見えた。



「ありがとう、ジアル。逃げて、生き延びなさい。そして幸せになって、自由に」



「………私はッ」

『これは姫と将軍からの言葉と、最後の指示だ』

(……!)

固い決心がぐらついた。続けようとした言葉が出ない。最後の指示に背けない自分の心が語る。

彼女に従うが、我が使命。

「…………っ!!!」

悔しい。自分の意志を貫けない。彼女に、セレンに、背いてはならない。

セレンの願いは絶対だ。

「………お」

声が震えた。指先が強張る。

「……仰せの、ままに」

にこ、とセレンが笑ったことがさらに痛かった。

「早く行くがよい。ジアル、貴方はもう何にも束縛されないのだから」





……………

……………………




ダン!!!


自分の部屋の壁が震える。

衝撃と共に拳が痛みを伝えた。だが、そんなことどうでも良かった。

…馬鹿だ、俺は。

セレンは命を懸けて村の皆を逃がそうとしている。責任を一人で、たった一人で背負い込んで。


なのに結局、頷くしかできなかった。

騎士のくせに、その姫さえも守れない。

(こんな仮初めなんかじゃない)

俺が成りたかった『騎士』は!

(!?)

凄まじい衝撃で城の床が震え上がった。まさかと悪寒に身震いした。

『神に背くのは私だけでいい』

「良い訳がないんだよッ!!」

セレンが、彼女が死んでいい理由なんてない。


―ただ、俺はセレンに生きていて欲しいと願うから!!!


意味など見えなくても構わない。

先程殴りつけた壁に背を向けた。





「………、貴方様が」

セレンは静かに言う。

祭壇。目の前に巨大な氷柱がそびえ立った。

床から突き出たそれは、どこから見ても装飾などではなかった。

「…氷神レルフでおられますか」

すとっ、と何者かが霧に紛れて降り立つ。その背の小ささに、セレンは目を細めた。

『…逃げる時間は有った筈だろうに』

幼いウィスパーヴォイス。靄が消え、そこに静かに立っていたのは左目が青い少女だった。

「私はセレン。将軍と姫の名において、貴方様は私を殺めなければお気が収まらないかと…犠牲者は出したくないのです。責任は私が」

『はっ!』

鼻で笑う。甘い果物で喜ぶような年の少女の器に宿る神・レルフ。外見からはとても考えにくい口調で話す。

『犠牲は要らないと? …都合良く話すな、蛮族が』

「…」

『まだわからないか、己自身の罪深い冒涜に』

するとレルフは重い声で懐かしむように話し始めた。

『精霊は生きるために、「物」へとその魂を移すのが普通なのだ…今もな。貴様達が語る神というものは、その精霊の代表的な…力が強い者を意味する』

つまり、氷神レルフは自らこの山脈を選んだと伝えられてきたのは誤りだと。

「サルフィに元々…宿られていたと」

落ち着いて話を聞くセレン。

『サルフィはかつて、緑の息吹きに溢れていた。平和な山脈をいつまでも見守るつもりだった…だが』

一気に空気が変わった。目つきが鋭く研ぎ澄まされたのをセレンは見逃さなかった。

『山脈に住むようになり、暫く時が経った後…次に貴様達がしたことは何だと思う』

左目からとてつもないオーラを感じる。息を呑んだ。殺意さえも見える。

『土地、金、資源…どれかを取り争った紛争だ。その果て、蛮族共が起こす小さな紛争は数え切れぬ人間が互いの命を奪い合う「殺し合い」になっていった…!!』

嘆くような叫び。レルフの青い目は、怒りで深く沈んだ色に見えた。

『血濡れの過去を未だに繰り返し、サルフィの山脈に埋もれた髑髏を見ずに………美しい緑だったサルフィは、極寒の山脈となり果てた』

「………それは」

『全て蛮族共…貴様達のせいではないのか? 許してきたことも多くあったが、血染めの過去を忘れようとするおめでたい頭をしているな! はっ…許していた私が馬鹿のようだ』

「…………」

知らない事実を、神に告げられた。唇を噛むセレン。

『悪いが…もう免罪符などないのだ、姫を掲げ将軍を振りかざす蛮族の一人』

ドカン、と破壊的な音が響くと、後方に氷柱が突き上げられていた。立て続けに音が響く。気づけば半透明の氷の柱が壁と化していたことに気づく。

「覚悟は、できております」

『咎めはしない、寧ろ殺意に意識が滲む』

手足がガクガクと震えているのを押さえ込む。怖じ気づいてはならない。私は責任者。全てを潔く受ける。仕事も罪も、それが身を滅ぼすモノだとしても。


私は、泣かない。


『さらばだ、偽善者』

次の瞬間、轟音と共に氷柱が地面から天井へ一気にに伸びた。






『…、……ふむ』

レルフが何かを見据えるようにつぶやく。

『その蛮族姫をそこまでして守り抜くか、…………偽善騎士風情が』

パラパラ、と床の破片が天井から降る。

「……あまり…逆らう真似は、したくありませんでした………氷神様」

舞い上がった靄が静まるまで、セレンは身じろぐことすらしなかった。

できなかった。

「ジアル!?」

『ほう…それが将が気に入った守護騎士か』

間に合った、とジアルはやっと息を吸う。

氷柱が彼女の体貫くかと思った寸前にジアルが飛び出し、突き飛ばした。彼女の体は難を逃れたものの。

「……そ、れが…騎士の…役…目…で、…すから…」

血が溢れる脇腹。内臓まで至っているか。激痛で言葉を喋るのでやっとだ。

「ジアル! 馬鹿っ、逃げろと最後の指示をしたではないか…何故!」

げほっ、とむせかえって吐き出した大量の血。完全にやられた。

「医術師は…いな…いですか…ら。…私の死を…お許…し…ください」

「ジアル! 死んではダメ!」


生きていなければ、意味がない。


「こん…な…危険…な所に、セレ…ン様を…一…人で行……か…せる訳に…はいき…ませ…んから…」

震える指先が、セレンの頬を撫でる。

(恐怖をこらえてボロボロの貴方を)

「守…れて…良かっ…た……、……」

すう、と。

息を吐き出したかと思えば、急に手がぱたりと地に落ちる。目の焦点が合っていないジアルを見た。

「ジ…アル、ジアル!!」


『守り抜くのが、騎士でしょう?』

いつかジアルは、そう言って笑った。

最後まで私と共にあると言ったジアル。

(ジアル、…お前こそ本物の騎士だ)

『……ほう』

傍観者のように見ていたレルフを、セレンは睨みつけた。

「無礼を、お許しください……レルフ様」

剣を抜く。刃先が白銀に煌めいたのを見て、レルフは重い声で再びつぶやいた。

『…神に背くか、蛮族が』

「ジアルの意志を残して消えるのは嫌です」

『私は咎めないと言った』

「…確かに、私達人間が罪深い生き物なのは前から知っています。…ですが、それを貴方が見ていた、そしてただ眺めていたというのもまた事実であります」

全てを、返して下さい。

その願いと感情が、今、一歩を強く踏み出した。

「最後まで、私は皆の為に足掻きます」

『…どこまでも愚かだ』

「愚かでも構わない。私は信じてくれた人の為ならば運命にだって逆らうことができますから」

レルフが手をかざす。それと同時に全力で斬りかかった。



刹那――――



…………

…………………



ロランの隣村、リアーゼ。

早くも噂は駆け巡る。



『騎士の村・ロランが氷神の怒りにより、完全に破壊され滅ぼされた』


…と。






"騎士の想いも、将の願いも、砂塵へと成り代わる"



ちょっとだけ、恋愛奇譚。

神の暴走は、止まらない。



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