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第四話 謎の少女

あらかじめ言っておきますと……私はとある病を患っております

 朝日に照らされる街。さわやかな陽光が摩天楼の隙間より降り注ぎ、よく冷えた涼やかな風があたりを吹き抜けている。すでに宿から大迷宮へと出発していたタクトとレイは、迷宮へと続く通りをゆっくりと歩いていた。通りには二人と同じような探索者やその守護霊たちがすでに集まっている。探索者たちの朝は基本的に早いのだ。


 そうして二人が通りを歩いていると、後ろから何か騒々しい音がしてきた。雷がいくつも鳴り響いているかのような、すさまじい音。二人はその鼓膜に響く騒音にたまらず後ろへと振り返る。すると、何やら黒い流線型の物体が暴走した馬車のような勢いでこちらへ飛んで来ていた。その大きさは小さな馬ほどであろうか。その上には背の低い少女が乗っていて、前のめりになりながらY字型の棒を握っている。


 少女は人形のような顔をして乗り物を駆っていた。彼女は身につけている魔法使いのようなローブをバサバサと風にはためかせながら、地面スレスレをその奇妙な乗り物で飛んでいく。右へ左へ、道行く通行人たちを巧みな動作で避けながら彼女は突風のような速度で通りを猛進していた。


「どいて」


「うわあッ!」


「おおっと!」


 少女はタクトたちを押しのけるように強引に道の端へどかすと、そのまま混み合う朝の通りを突っ切っていった。どかされたタクトとレイは後ろから疾走する彼女へと口々に「危ないじゃないか!」や「ぶつかったらどうするんだよ!」などと非難の声を上げるが、彼女はそんなことを無視して視界の端へと消えていく。そうして少女とその乗り物の姿が街の景色の中へと消えてしまうと、タクトとレイはいらだたしげな顔をしながら再び歩き始めた。


「まったく、あれはいったいなんだったんだ」


「さあ? だけど、村長さんが似たようなやつをすごく自慢してたのは見たことがあるよ。確か、エアバイクっていってたっけ」


「エアバイクか。碌なものじゃないな!」


「カッコいいことはカッコいいけど、あれはないよなあ」


 タクトとレイはそうして他愛もない雑談を繰り返しながら通りを歩いて行った。すると、不意に二人の視界が開ける。立ち並ぶビル街の風景から打って変って、二人の目の前に広々とした街一つ入りそうなほどの広場が飛び込んできた。ようやく大迷宮への入口がある、中央広場へとついたのだ。


 中央広場は朝だというのにとても混み合っていた。だだっ広い広場の中に、すでに探索者たちをターゲットにした無数の露店が建ちならんで店を広げている。その露店を探索者たちだけでなく近くに住む一般市民も利用しているため、朝市のような様相を呈しているのだ。タクトとレイはその独特の迫力のようなものに圧倒されながらも、買い物客や探索者の間を縫って大迷宮へと向かう。大迷宮の入口は、広場のもっとも奥の神殿にあった。


 数分後、二人はもみくちゃになりながらも神殿の前へとたどり着いた。彼らは目の前に聳える白亜の威容をじっくりと決意を込めたまなざしで見つめる。そして、そこへと続く幅広の階段へ一歩踏み出した。すると彼らの目に意外なものが映った。


「あれ、さっきの子のバイクじゃないか?」


「本当だな。あやつ、探索者だったのか」


 神殿のわきの馬車などが止められているスペースに、先ほどの少女のエアバイクが止められていた。タクトとレイはそれをとても驚いたような顔をしてみる。この神殿の利用者は探索者だけで、管理している神官たちは普段から揃いの神官服を着用するきまりとなっている。要は、あの小さな少女は探索者だったということだ。


 二人はそのバイクを横目で見ながら階段を上った。そのまま彼らはエンタシスの太い柱の間を潜り抜けて神殿の中へと入っていく。こうして二人はいよいよ、大迷宮の探索へと出発したのであった。その先に何が待ち受けるとも知らずに――。







 苔むした石造りの通路に湿気が満ちている。低い天井にぼんやりとした灯りがともっているが、あたりはうす暗く風は生温かい。通路はそれほど広くはなく、どこか緊張感にあふれていた。ここは大迷宮第一階層。深淵へと数百階層にもわたって続く大迷宮の始まりの階層であった。


 その第一階層の端。下へと続く階段からはるかに外れ、地図ができた今では全く人がこないであろうそこを一人の少女が歩いていた。人形のように秀麗で、なおかつ氷のように無表情なその顔は見まごうことなくさきほどの少女だ。彼女は通路の壁を手にした杖でしきりに叩きながら、何かを捜しているかのように歩いている。コンコンと心地よい音が、あたりに響いていた。


「このあたりにあるはず……。ん?」


 音の調子が変わった。よく通る澄んだ音から、ボコボコと大木でも叩いたかのような鈍い音へと。少女はすぐさま杖を構えなおすと、音が変わった部分を力いっぱいに叩いた。風を切る音が鳴り響き、少女の背丈ほどもある杖が大きくしなる。その小さな体に似合わぬ腕力で振るわれた杖は壁を揺らし、通路を震わせた。太鼓を打ち鳴らしたような音と鈍い衝撃が大気を揺らす。すると驚いたことに壁の石があっさりと崩れ落ち、中から黒い輝きが現れた。石壁だと思われていた壁は、実は金属の壁に石をはったものだったのだ。


「あった。でもこれじゃ入れない……」


 少女は継ぎ目一つない金属の壁に溜息をついた。壁の向こうへ行くための何らかの仕掛けのようなものは全く見当たらない。さらに、黒い光沢を放つ壁は表面の石が崩れ落ちたにも関わらず傷一つなかった。尋常ならざる硬度と強度を合わせ持っている壁のようである。おそらく、並みの攻撃ではせいぜい表面に傷をつける程度だろう。


 少女は仕方ないとばかりに肩をすくめると、壁から距離をとった。通路の反対側の壁付近に彼女は立つと、魔力を練り上げ始める。少女の杖の先に膨大な魔力が集まり始め、バチバチと発光を始めた。白い光が幾度となく点滅を繰り返し、大気に火花が散る。先ほど崩れ落ちた石のかけらが不気味に浮かび上がり、宙を漂いはじめた。魔力が重力をも狂わせはじめたのだ。


 そのとき、少女の後ろに影のようなものが現れた。人の形をしたその影は、膨大な魔力の荒れ狂う中においてなお圧倒的な存在感を放っている。その正体が少女を主とする強力な――おそらく英雄級の――守護霊であることは明白だろう。少女はその気配を感じるとにやりと笑い、蒼い炎のような魔力に包まれている杖を振るった。


「スキル発動! |月影の煌めきは裁きのムーンライトボウ!」


 迷宮内にどこからか魔性の月が昇った。その冷たい白光とともに、淡い金色に輝く弓矢が舞い降りてくる。少女の後ろの影はそれを受け取ると、矢を番えた。弓が一気に引き絞られ、一瞬の静寂があたりに満ちる。少女の唇がわずかに歪められた。


 矢が放たれた。月光のもつ魔力を一身に受けた矢は、金色の炎に包まれながら宙を裂く。その速さたるやまさに神速。矢は刹那より早く壁へと到達し、それをいともたやすく穿った。それと同時に矢の内に秘められた膨大な魔力が解放されて大爆発が巻き起こる。光の洪水が巻き起こり、突風があたりを薙いでいく。少女はたまらず眼を閉じて身を小さくした。彼女の耳元で轟々と吹き荒れる爆風が騒ぐ。だがしばらくすると、それは収まっていった。


 そうして爆発が収まると、金属の壁には人一人入れるほどの巨大な穴が開いていた。少女は少々くたびれたような顔をしたが、満足げにうなずくとその中へと消えていく。彼女が消えた後にはぽっかりと空いた穴だけが残されていた。強大な魔物の巣食う、迷宮の隠された場所へと通じる穴が。これはちょうど、タクトたちが迷宮へ入ってしばらくたった後のことであった。


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