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プロローグ

 ドラゴンの牙が白刃のごとき煌めきを持って少年に迫る。咆哮とともに一筋の光のように宙を切ったそれを、少年は華麗……とまではいかないがそれなりに速い動きで避けた。すれ違いざまに彼は、手に持っていた剣を濃緑の鱗の隙間めがけて打ち込む。血の華がバッと咲き乱れ、鉄の香りがほのかに漂った。


 ドラゴンは半立ちとなり、大気をどよめかす絶叫を上げる。その轟き渡る大音響と降り注ぐ血の雨の中で、少年は剣を正眼に構えなおした。紅に染まりゆく少年の視界の中で、咆哮を終えるとドラゴンは突如として動きを止める。ドラゴンとは言ってもまだ完全に成体となっていないこのキッズドランは、雄たけびを上げると一瞬だが動きが止まるのだ。


 雷のごとき速さで刃が宙を駆け抜けた。少年の剣はキッズドランの鱗の薄くやわらかな腹を正確に射抜き、再び血がほとばしる。キッズドランは爪を翻らせてこの少年を吹き飛ばそうとするも、少年はそれをぎりぎりで避けていった。


 少年はキッズドランの攻撃を避けるたびに、入れ替わるような形で攻撃を決めていった。キッズドランはその正確無比な刃の嵐にたまらず後ろに退いて、少年から距離を取る。そして低く唸ると口を大きく広げ、血走る瞳で少年を睨んだ。その口にみるみるうちに青白い光が蓄積していき、薄暗い迷宮が白く染め上げられていく。少年の顔がにわかに険しくなり、その額から汗が滴り落ちた。


 ――ブレス攻撃だ!―― 

 

 少年にはこのキッズドランが何をしようとしているのかがすぐにわかった。ドラゴンが持つ技の中で最大威力を誇るブレス攻撃である。その威力は成体でない上に下級種であるこのキッズドランのものでも、人間ほどもある岩を溶かすほどだ。もし直撃すればちっぽけな少年の体など、骨一つ残らないことは間違いない。


 少年は駆けだした。キッズドランの元へと向かって、ただひたすらに速く速く。細いが引き締まった足は迷宮の地を蹴り、身体が風にも勝る勢いで飛ぶように進む。


 速く、速く、速く。体にまとわりつくぬめりとした空気を吹き飛ばしながら、少年は駆ける。時が静止したような世界の中で、ただ一つ動くものとして。


 キッズドランの口にはすでに光が充満し、燦々と輝く太陽のよう。いよいよ高まる魔力が大気に火花を散らし、解き放たれる時を今か今かと待つ。そのまばゆいばかりの白光に黒い影を落としながら、少年はなおも走る。ドラゴンがブレスを吐き出す時、もっとも安全なのはその懐にいることだ。少年はそれを知っているがゆえに、ひたすらに速く駆ける。


 光が弾け、広がった。迷宮の薄暗闇に煌々と輝く光の波が現れてあたりを薙いでいく。たちまちのうちにキッズドランの前面に集熱の地獄が広がった。地は紅く焦げ、灼熱の炎が乱舞する。ドラゴンはその中で勝利を確信し、雄たけびを上げた。しかし、その時だった。


「せやああァ!」


 裂帛の気迫とともに放たれたのは閃光のごとき刃。それは刹那のうちにキッズドランの眼を貫いて脳にまで達する。キッズドランは血の涙を流しながら鉄を砕いたような悲鳴を轟かせると、たちまちのうちに崩れ落ちた。少年は剣をキッズドランの眼から引き抜くと血払いをして鞘に納める。剣が風を切る心地よい音が戦いに終わりを告げた。


「やっと終わった……」


『たかがキッズドランにこれほど手こずるとは。まだまだだな、タクト』


 涼やかで凛とした張りのある女性の声が、少年ことタクトの頭の中に響いた。それと同時にタクトの身体から、密度の濃い湯気のような何かが立ち上ってくる。雲のようにあたりに堆積したそれはどんどん小さく凝縮されていくと、人間のようなフォルムになっていった。


 やがて白い何かは完全に女性の姿となった。銀色の甲冑を身にまとい、長く艶やかな黒髪を肩へと流した女性だ。その顔は彫が深く研ぎ澄まされた刃のようで、紅の大きな瞳には確かな光がある。まさに神話の戦乙女を絵にかいたような容貌を彼女はしていた。ただし、その身体はどこか存在感に欠けていて、ふわふわと宙に浮かんでいる。彼女はいわゆる幽霊と呼ばれる存在であった。


 タクトはそんな彼女の方を見ると、頬を膨らませた。そして少しへそを曲げたような口調で言う。


「そういうけどさ、レイさんもそんなに強くはなかったはずだよね? だって『名無し』の守護霊だもん」


「何を言うか! あんなキッズドラン生きていたころの私なら一撃で倒せる……と思うぞ!」


 顔をわずかにだがそむけるレイ。その視線は明らかにタクトからそらされていた。タクトはそんな彼女の方に顔を寄せると、疑わしげなまなざしを向ける。


「ホントかなあ……?」


「むむっ、疑ってるのか!」


「疑ってるわけじゃないけど……。レイさん、この前はジャイアントバットにびっくりしてたし」


 タクトはからかうように言った。するとレイの頬がカッと紅くなり、風船のように膨らむ。彼女は勢いよくタクトの方に振りかえると、口をとがらせた。


「……そんなことはどうでもいい! それよりもさっさとギルドに戻ろう」


「ああ、そうだね。早く試練を終えたことを報告しなくちゃ」


 タクトはおもむろに後ろを振り返った。キッズドランの死骸はすでに消えていて、地面に手のひらほどの紅い六角形の結晶だけが残されている。彼はそれを丁重に収納ポーチの中へとしまうと、迷宮の外を目指してボス部屋の入口へと歩き出した。そのあとを追って、レイもまた滑るような動きで進みだしたのだった――。


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