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短編

びっくり顔令嬢と眠たげな令息は意外と相性が良い

掲載日:2026/11/02

「君といると、どうにも落ち着かないんだ」


目の前の青年は、申し訳なさそうに眉を下げて言った。

私は膝の上で両手を重ね、静かに続きを待った。


「いつも何かに驚いたような顔でこちらを見るから何か失敗したのかと、気になってしまって」

「…特段、驚いてはおりませんけれど」

「だが今もそんな顔でこちらを見ているではありませんか……」


そんな顔、と言われても私はただ、椅子に座っているだけである。


もうこれで四度目だった。何がかといえば、縁談を断られた回数だ。


我がランベール子爵家は、裕福とはいえないまでも暮らしに困る家ではない。政略とはいえ両親の仲も良く、領地も穏やかで、私自身も必要な教育は受けている。それに容姿についても、ありがたいことに褒めていただく機会はよくある。あるのだが、そこには大抵続きがあった。


『綺麗なお嬢さんね。……ところで何かあったの?』


何もない。本当に何もないのに、私の目はまん丸だった。

母に似た大きな目と、父に似た高い眉。その二つが私の顔の上で合わさった結果、びっくりして目を丸くしているような顔に産まれてきた。


新しく入った家庭教師からはもう少し落ち着いて良いですよと言われた。


私は十分落ち着いています。


今日の青年とも、何度かお会いして、毎回楽しく過ごせているつもりだった。先週の散歩では、池に落ちかけた彼の帽子を一緒に追いかけて、ずいぶん笑った。和やかなひと時だと思っていたのだがどうやら彼には、私が始終驚愕してうろたえているように見えていたらしい。


「君には、もっとおおらかな男性が合うと思う」


私は静かにうなずいた。

青年は、その私の顔を見て、もう一度謝った。


_______


それから半月後、伯母のお茶会に招かれた。

しばらく縁談のことは忘れて楽しんできなさいと母に送り出されたので、今日は目一杯菓子を楽しむつもりだ。

苺のタルトを皿に取り、庭の端に置かれた小卓へ向かうとそこには先客が一人いた。


「こちら、よろしいでしょうか」

「どうぞ」


返事をした青年は、ゆっくりと顔を上げた。

濃い茶色の髪に、形のよい鼻梁。背筋も身なりもきちんとしていて、ただ、目だけがひどく眠そうだった。

重たげなまぶたの下から、灰色の瞳がわずかにのぞいている。


「セシル・ランベールと申します」

「エドウィン・モーリスです」


モーリス伯爵家のご令息か…名前は聞いたことがある。

確か、どなたかが『物憂げな雰囲気の、素敵な方』と話していた。


私たちはしばらく、庭の花や今日の菓子について話した。

彼の受け答えは穏やかで、こちらの話を遮ることもない。

ただ、そのまぶたは今にも閉じそうになっていた。


昨夜は遅かったのだろうか?それとも、私の話がよほど退屈なのか。


「…お疲れでしたら、私はあちらへ」

「いえ、どうしてですか」

「その、少し、眠そうだとお見受けして…」


エドウィン様は軽く微笑むと、小さく息を漏らした。


「生まれつき、こういう顔でして…」


その言い方を、私はよく知っていた。

何度も説明した末に、余計な言葉がすっかり削ぎ落とされた言い方だった。

かくいう私もなぜ驚いているのか聞かれるといつも使う言い方だった。


「では、眠くは…」

「ありません。昨夜は八時間寝ました」

「それは、何よりです」

「ただ、こちらこそ何か失礼なことを申し上げたのではと、気になっていました」

「どうしてです?」

「先ほどから、とても驚いていらっしゃるので」


今度は、私が軽く微笑む番だった。


「私も、生まれつきですの」


小さな卓を挟んで、少しの間、沈黙が落ちた。


「……あなたもですか」

「ええ。私もです」


どちらからともなく、笑ってしまった。



__________


「気だるげで素敵だと、最初は皆さんおっしゃるんです」


紅茶のお代わりが運ばれてくる頃には、私たちはずいぶん打ち解けていた。


「ところが、しばらくすると…私に興味がないならはっきり言ってください、と」

「まあ」

「興味がなければ、お誘いしないのですが」


もっともだった。


「一度、お会いするのを楽しみにしていたとお伝えしたら、その顔で言われてもと言われまして」


私は思わず、手にしたカップを置いた。


「最初から顔は変わっておりませんのにね」

「僕も、そう言いたかったです」


エドウィン様は眠たげな顔で、真剣に答えた。

笑ってはいけないと思ったのに、口元が緩んでしまう。


「私も先日、落ち着かないと縁談を断られました」

「落ち着かない?」

「ずっと驚いているように見えるので、ご自分が何か失敗した気になるのだそうです」

「…初対面ではなかったのでしょう?」

「ええ」

「何度もお会いしてお話をされたのにそのようなことを?」

「ええ、そうなんです」


彼は少し首を傾けた。


「僕には、話をよく聞いてくださる方だと感じますが」


私は彼を見た。きっと、いつも言われる驚いたような顔で。


「……実際、しっかり聞いておりました」

「はい。顔の話になる前は僕が菓子の話ばかりしてしまったのに」

「私も今日は、菓子を食べに参りましたの」


彼の口元が、ほんの少し上がった。

私もつられて笑い、それから、その目をしげしげと見つめた。


「あなたくらい、まぶたを下ろせたら…」

「はい?」

「私も、落ち着いた顔に見えるのかしら」


エドウィン様が考え込んだ。


「でしたら僕は、あなたくらい目を開ければよいのでしょうか…」


私たちは顔を見合わせた。

これは、案外よい考えかもしれなかった。


「少し、真似をしても?」

「どうぞ。僕も失礼します」


私は彼の目元を見ながら、ゆっくりとまぶたを下ろした。

力を抜き、穏やかに。落ち着いた、余裕のある淑女のように。


「……いかがですか」


エドウィン様の口が、きゅっと結ばれた。


「…率直な感想を伺いたいですわ」

「紅茶に何か入れられたと、疑っていらっしゃるように見えます」


すぐに目を開いた。


「そんなことあります?」

「少し、顎を引かれたせいかもしれません」


今度は彼が、姿勢を正した。

眉を持ち上げ、懸命に目を開く。


私は唇を噛んだ。


「…正直な感想を頂けますと…幸いです」

「……その、何か、窓の外に」

「窓の、外?」

「ええ。そこに何か、見えてはいけないものが見えているような……」


彼の肩が強く揺れた。

私も耐えきれなくなった。

慌てて口元を覆ったけれど、一度漏れ出した笑いはもう止まらない。


「難しい、ですわね」

「ええ。思っていたより、ずっと」


ひとしきり笑った後、息を整えて顔を上げると、エドウィン様の目も元に戻っていた。

その顔に、ほっとする。


「……そのままのお顔のほうが、素敵ですわ」


言ってから、少し馴れ馴れしかったかと気になった。

けれど彼は、静かにうなずいた。


「僕も、そう思いました」



________


お茶会から三日後、我が家に手紙が届いた。


『先日は、ありがとうございました。よろしければ、改めてお茶をご一緒できませんか』


丁寧な挨拶の後に、小さな追伸があった。


『あの一度では、こつがつかめませんでしたので』


私は笑いながら返事を書いた。

母が横からのぞこうとするので、便箋を少しずらして見えなくした。




_________


次に会ったとき、エドウィン様は小さな手鏡を持参していた。

私は前日に自室で試した成果を披露し、彼は「前回より、疑いが確信に変わったようです」と評した。


その次に会った時は、共に庭を歩いた。

目を細めたままでは敷石の段差が見えにくいので、私は早々に練習をやめた。

エドウィン様も、眉が疲れたとおっしゃっていた。


そうしているうちに、お会いしていても練習をしない時間が増えていった。


彼は案外、よく話す方だった。

領地の果樹園のこと。幼い弟が飼い犬に命令を聞いてもらえないこと。自分も昔、犬と一緒に池へ落ちたこと。

それらを眠そうな顔で淡々と話すので、余計におかしかった。


そしてまたお会いした日、卓上に林檎の焼き菓子が用意されていた。


「酸味のあるものがお好きだと、おっしゃっていたので」

「覚えていてくださったの?」

「はい。干し葡萄は、それほどお好きではないことも」


それは最初のお茶会で、何気なく話したことだった。

あのとき彼は、今にも眠りそうな目をしていた。


私は焼き菓子を一口食べた。

甘い生地の中で、林檎の酸味がほどける。


「……とても、おいしいです」


エドウィン様は、静かにうなずいた。

それからご自分の皿にも手を伸ばされたので、私はようやく気づいた。

私が食べるのを、待っていらしたのだ。



_______



「最近、目を細める練習はしていないの?」


母に尋ねられたのは、初めてのお茶会から二月ほど経った頃だった。

以前、鏡の前で顔を作っているところを見られたのである。


「……忘れていました」


考えてみれば、エドウィン様と会う前に、鏡で目の開き具合を確かめることもなくなっていた。

その代わりに、今日は何を話そうかと考える。

昨日の料理人の失敗は、ぜひ聞いていただきたかった。塩と砂糖を取り違えたのに、本人が最後まで味付けの流行だと言い張ったのだ。


「楽しいのね」


母が言った。


「……顔で、分かりますか?」

「帰ってきてからも、その方のお話ばかりするでしょう」


私は手元の刺繍に目を落とした。

葉を刺すつもりで、花と同じ色の糸を針に通していた。



_________


次のお茶の日、エドウィン様は少し静かだった。

相変わらず眠そうではあるけれど今日は、カップを持ち上げかけては置き、私が話し終えるたびに、何か言いかけてやめていた。何か言いたいことがあるらしい。


「エドウィン様」

「はい」

「何か、お話が?」


彼の指が、カップの取っ手から離れた。


「……分かりますか」

「ええ。今日はまだ、お菓子を一つも召し上がっていませんもの」


彼は自分の皿を見た。

小さく笑うと、私に向き直った。


「セシル嬢。練習には、もうお誘いしなくてもよろしいでしょうか」


胸の奥が、スッと冷えた。


「……ええ」


そういえば、最近では鏡を持っていらっしゃらない。私は膝の上で指を重ねた。


「もう、十分ですものね」

「いえ。僕は、相変わらず眠そうですし」


顔を上げるとエドウィン様は、まっすぐに私を見ていた。


「あなたも、相変わらず驚いてらっしゃるように見えます」

「……驚いては」

「はい。知っています」


彼は一度、息を吸った。


「次からは、練習ではなく、あなたに会うためにお誘いしたいのです」


私は何も言えなくなった。


「できれば、お父上にもご挨拶を。結婚を前提に、お付き合いを申し込みたいと思っています」


庭の向こうで、鳥が鳴いた。給仕が足を止め、少し離れた場所へ下がっていく。気が利くな…と頭の片隅で考えながら私は、彼の顔を見つめていた。


エドウィン様は、急かすことなく、返事を待ってくれた。

ゆっくりと息をする。


「……今のは」


ようやく、声が出た。


「今のは、本当に驚いております」


今にも眠ってしまいそうな顔をした彼の口元がかすかに緩んだ。


「はい」

「それから……とても、嬉しいです」


膝の上で握っていた手をほどく。


「私も、練習ではなくお会いしたいと…思っておりました。」


エドウィン様は目を伏せた。

片手で口元を覆い、しばらくそのままでいた。


「……よかった」


その一言が、思いがけず小さかったので私は、いつもの眠そうなお顔に戻った彼を、もう一度よく見た。


「今、どういうお気持ちですか」


彼は困ったように笑った。


「かなり、浮かれています」



________


婚約が調って初めて出席したのは、私たちが出会った伯母のお茶会だった。

挨拶に回る彼を待ちながら、私は知人の令嬢と庭を眺めていた。


「おめでとう、セシル様」

「ありがとうございます」

「お似合いだわ。…でも、モーリス様は相変わらずね」


彼女の視線の先で、エドウィン様が席に戻ってくる。

私と目が合うと、ほんの少し口元を緩めた。


「そんなに眠そうな顔をされて、あなた気にならないの?」

「ええ」


そう答えると私は彼を見た。用意された二つのカップを確かめ、私の前には砂糖の入っていないほうを置く。それから、自分のカップに大きめの角砂糖を落とした。


一個。

二個。


彼の手が、また砂糖壺へ伸びる。


「でも今日は、とても浮かれていらっしゃるみたい」


四個目の砂糖が、紅茶に落ちた。


「流石に多すぎるのではなくて?」


エドウィン様はカップの中を見たあと私を見た。

私はまん丸の目で、彼を見返した。


先に笑ったのは、彼だった。

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