第三章 第4話 「土倉と金(後編)」
伏見に土倉が建ってから、流れは明らかに変わった。
荷は止まらない。人も離れない。
だが――
「まだ詰まるな。」
弥七が言った。
場所は土倉の中。木箱と帳面が並び、紙の束が積まれている。
縁が頷く。
「金はある。せやけど、使えん時がある。」
清継が問う。
「どういうことや。」
縁は一枚の銭を指で弾いた。
「土地によって、使う銭が違うんや。」
弥七が補足する。
「京、堺、兵庫……全部微妙にちゃう。」
つまり――持っていても、そのままでは使えない。
それが、流れを鈍らせていた。
そのとき、奥で帳面を見ていた宗十郎が顔を上げる。
「そこです。」
静かに言う。
「今の伏見に足りないのは、“繋ぎ”です。」
清継が視線を向ける。
「繋ぎ?」
宗十郎は一枚の銭を取り、別の銭と並べる。
「これは京銭。」
「こちらは堺のもの。」
「重さも質も違う。」
弥七が眉をひそめる。
「ほな、どうする。」
宗十郎は淡々と答えた。
「替えます。」
一瞬、沈黙が落ちる。
縁が先に理解する。
「……両替か。」
宗十郎は頷く。
「ええ。」
そして説明を続ける。
「銭をそのまま使うのではなく、“価値”で扱う。」
「違う銭でも、同じ価値に揃える。」
清継が問う。
「誰が決める。」
宗十郎は短く答える。
「我々です。」
弥七が笑う。
「勝手に決めてええんか。」
宗十郎は首を振る。
「勝手には決めません。」
「流れで決める。」
そして帳面を指差す。
「どこから来て、どこへ流れるか。」
「何が多く、何が足りないか。」
「それを見て、比率を決める。」
縁が感心したように言う。
「流れを、そのまま値段にするんやな。」
宗十郎はわずかに口元を緩める。
「ええ。」
「金は流れません。流すんです。」
さらに宗十郎は続けた。
「両替があれば、どこから来ても困らない。」
「そして――」
一拍置く。
「ここを通るようになります。」
清継が理解する。
「伏見を、通さな使えんようになる。」
宗十郎は否定しない。
「結果として、そうなります。」
弥七が吹き出す。
「えげつないな、ほんま。」
宗十郎は淡々と返す。
「便利にすると、人は離れません。」
縁が静かに言う。
「……せやな。」
清継はしばらく考えたあと、短く言った。
「やるか。」
宗十郎は頷く。
「すぐにでも。」
その日から、土倉の一角に両替の場が設けられた。
秤が置かれ、銭が並べられ、帳面に比率が書かれる。
京の銭は、いくらで堺の銭になるか。
兵庫の銭は、どれだけの価値を持つか。
それが、その場で決まる。
やがて、人々は気づく。
「ここを通せば、どこでも使える。」
その安心が、流れを加速させる。
伏見を経由する荷が増える。人も、自然と集まる。
清継はその様子を見ながら、静かに言った。
「繋がったな。」
宗十郎が答える。
「ええ。」
そして、少しだけ笑う。
「面白くなってきました。」
風が吹く。今度の風は、途切れない。
水のように、金のように、滑らかに巡る風だった。




