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願いをかなえて消えた王女

作者: 虚無しお
掲載日:2026/01/01

※本作は『迷惑な神の備忘録』第一話と同じ内容です。


王女の依頼を断り切れなかったのは、今回が初めてではない。


「王女様。ここから先は、私たちに任せてくださいませんか」


森の入り口で、レックスはできるだけ丁寧な声を作った。背後には五人ほどの仲間がいる。

いずれも、王女の護衛と魔王討伐を兼ねた一行だった。


目の前に広がる森は、噂に違わぬ不気味さを放っている。空気は重く、風はなく、鳥の声ひとつ聞こえない。


「嫌です」


王女は即答した。


「私にはもう、母上の仇を取るしか生きている理由がないのです。たとえ刺し違えたとしても」


その声音には、迷いがなかった。


レックスは小さく息を吐く。


「……でしょうね。では、いきますよ」


森に足を踏み入れてから、最初の違和感は些細なものだった。


道が、いつの間にか増えている。


進んできたはずの道が分岐し、分岐したはずの道が、いつの間にか一本に戻っている。

大枚はたいて買った地図は、最初から当てにならなかった。


「おかしいな……」


仲間の一人がそう呟いた直後、姿が見えなくなった。


音もなく、悲鳴もなく、ただそこに「いなくなった」。


誰かが名前を呼び、別の誰かが探しに戻ろうとした。その背中も、次の瞬間には消えていた。


王女の護衛は減り、気付けば三人になり、二人になり――


「……っ」


レックスは立ち止まり、振り返った。


誰もいない。


王女の姿も、仲間の姿も、森の中に溶けるように消えていた。


胸が締め付けられる。息が、吸えない。


喉に何かが詰まったように、空気が通らなくなる。膝が震え、剣を取り落とした。


――まずい。


そう思った瞬間、視界の端に影が差した。


人の形をした影。だが顔は見えない。声も聞こえない。ただ、圧倒的な「敵意」だけがそこにあった。


次の瞬間、レックスの意識は闇に沈んだ。


そばにいたカラスが、羽ばたいて逃げ出す。


「まあ、カラスぐらいいいでしょう」


低い声が背後で響いた。


魔王の参謀の一人が、倒れたレックスたちを一瞥し、興味を失ったように森の奥へと消えていく。


しばらくして。


静まり返った森の中で、カラスが地面に降り立った。


そして、口を開く。


『あっけなくやられちまったな、こいつは骨が折れそうだ』


カラスの体が淡く光る。周囲の景色が歪み、引き伸ばされ、反転する。



一行は、森に足を踏み入れたばかりのようだった。

時間は、そこまで巻き戻っていた。


レックスは何も知らず、前を歩いている。


いつの間にか、肩に黒い重みがあった。


見覚えのない一羽のカラスが、そこにいた。


カラスは彼の肩に乗り、強く体をひねった。進むべき道とは、明らかに違う方向を示している。


「ん? なんだ?」


レックスが足を止める。


問いかけに答えるように、カラスは鳴かず、ただもう一度、同じ方向へ体を傾けた。


そのとき、後ろから王女の声がした。


「そのカラスは、特別なのです」


まるで、このよく分からないカラスを救世主だと言っているかのような口ぶりだった。


「指示に従った方がよいでしょう」


レックスは振り返り、王女の顔を見る。そこには不安も迷いもなく、ただ確信だけがあった。


「……分かりました」


理由は分からない。それでも、レックスは頷いた。


進路を変える。


森は、何事もなかったかのように静かだった。


道は分かれず、霧も出ず、誰も消えない。罠も、魔物も、異変らしい異変すら起きなかった。


拍子抜けするほど、あっけなく。


やがて、視界の奥に黒い影が現れる。


魔王城だった。


「……着いた?」


仲間の一人が、信じられないものを見るように呟く。


王女は何も言わず、城を見つめていた。その背中は小さく、だが揺らいでいない。


そのとき、カラスの声が、王女の意識にだけ届いた。


『ここまでかな?』


王女は驚いた様子もなく、静かに目を閉じる。


「ありがとうございました」


その礼は、レックスでも他の仲間でもなく、一羽のカラスへ向けられていた。


――百回以上、やり直したけどね。


カラスは、心の中でだけそう呟く。


『でも本当にいいのかい?』


カラスは、軽い調子で問いかける。


『アフターフォローでこの先も付き合ってあげられるけど? 魔王を倒すまででも』


王女は一瞬だけ、視線を伏せた。


それから、首を横に振る。


「そこまでは、いりません」


声は震えていなかった。


「この先は、私の手で成し遂げねばならないのです」


『そうかい』


カラスはそれ以上、何も言わなかった。


『ま、がんばりな』


王女は仲間たちと共に、魔王城へと足を踏み入れていく。


黒い城門が閉じるまで、カラスはその背中を見送っていた。


やがて、羽ばたく。


この世界に、用はもうない。


その後、王女たちの姿を見た者はいなかった。


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