第6話:龍香灸、爆誕しました(たぶん万能)
ナギさん、この世界の「龍香草」という香気を持つ薬草をベースに、お灸の研究を始めました。
鍼×灸×気、というナギらしい方向性が固まり始める回です。
ゆったり読んでいただけたら嬉しいです。
昼下がりの診療所で、ナギは鍼箱を整理しながら、ふと手を止めた。
「……この世界、電気がないのよね」
ぽつりと呟いて、苦笑する。
かつての世界では、鍼に微弱電流を流して深部の反応を見る──
そんな医療も当たり前に使っていた。
「電極も通電装置もない異世界で、それはさすがに無理か」
けれど、すぐに気持ちを切り替える。
「なら、原点に戻ればいい」
ナギの視線が、窓の外──ギルドの裏庭へ向いた。
そこに自生していた、ふわふわとした淡い青緑色の植物。
最近、どうにも気になっていた草だ。
(……これ)
摘んでみると、指先がほんのり温かい。
乾かすと、質感はもぐさに近い。
試しに、ほんの少量に火をつけた瞬間──
ふわり。
立ち上った煙と同時に、印堂がぽかりと温まった。
「……完全に“気”に効いてる」
思わず、声が漏れる。
煙は柔らかく、刺激がない。
なのに、空間の詰まりをほどくように広がっていく。
「これ……灸にできる」
その夜、ナギは小さな実験を始めた。
◇◇◇
翌日。
小皿の上で、灰になりかけた香草を見つめながら、ナギは満足そうに頷く。
「名付けて──《龍香灸》」
鍼よりも穏やかで、
それでいて、体全体に作用する“気の波”。
(鍼が怖い人にも使えるし、魔力との干渉もほとんどない)
つまり──かなり万能。
「龍香灸、爆誕しました」
誰にともなく宣言した、その直後。
「……で、なんで俺が実験台なんですか」
不満たっぷりの声がした。
診療台にうつ伏せになっているのは、ルカである。
「だって、昨日“肩重い”って言ってたじゃない」
「言いましたけど! 灸って火つけるやつでしょ!?
燃えたりしません!?」
「しないわよ。温かいだけ」
ナギは淡々と準備を進める。
龍香草を米粒ほどに丸め、
ルカの肩甲骨の間──“風池”のあたりにそっと置く。
「合谷もいいけど、今日はこっち」
「風池……名前が強そう……」
「風の気を整えるツボ。あなた、最近しゃべりすぎだから」
「とっちらかってません!」
火をつけると、ふわりと香りが広がった。
「……あ、あったか……」
ルカが急に静かになる。
「ね? 気持ちいいでしょう」
「……はい……肩が……軽い……」
そのまま、目を閉じかけている。
ナギは記録帳を開き、さらりと書き留めた。
『試作1号《龍香灸》
煙が柔らかく、五属性との干渉反応なし。
精神安定作用あり。睡眠障害・肩こり・魔力乱れに応用可能。
※熱系体質は要注意』
「書いてる内容、なんか怖いんですけど!?」
「大丈夫。あなた、火属性じゃないから」
「……それなら……まあ……」
完全に脱力したルカを横目に、
ハチが静かにしっぽを揺らした。
「……香りは悪くない。煙も、許容範囲」
「No.88の嗅覚チェック合格ね」
「評価は仮。……でも、嫌いじゃない」
◇◇◇
その日の午後。
龍香灸は、初めて“患者”にも使われた。
相手は、重い荷運びで肩と腰を痛めた土属性の魔法師。
「鍼と一緒に、これも使いますね」
「それ……火、大丈夫ですか?」
「平気。熱じゃなくて“気”が働くの」
鍼を一本、肩に。
同時に、首の付け根へ龍香灸。
ふわり、と香りが広がる。
しばらくして、男が目を見開いた。
「……体、軽い……!
魔力の流れも、引っかからねぇ……!」
「気が巡った証拠よ」
「これ……回復魔法より効いてる気が……」
「相性が良かったのね」
施術が終わり、男は何度も礼を言って帰っていった。
受付には、すでに次の相談者が待っている。
「ナギさん……今日、もう十人目です」
ルカが順番札を持って、少し不安そうに言った。
「大丈夫?」
「……疲れてない。
こうして、整っていくのを見るのが好きなの」
ナギは微笑んだ。
その背中を見ながら、ルカは胸の奥で、静かに思う。
(もっと……楽に施術できる場所があればいいのに)
(ちゃんとした診療台とか、道具とか……)
その小さな願いが、
やがて“形”になるとは──
この時は、まだ誰も知らなかった。




