第5話:ツボ診てくださいって、何人並んでるの!?
朝のギルドは、開館前から異様な熱量に包まれていた。
「おい、本当にここで『回路』を直してくれるのか?」
「オーナーの歩行ログが完全に正常化したって噂だぞ……」
ナギが二階の自室から階段を下りると
受付前には通常の3倍を超える「生体反応の列」が形成されていた。
リリナが、処理能力を超えた
リクエストの山を前に、目を白黒させている。
「え、ええと……
魔法師登録の更新ではなく、全員が『ツボ相談』!?
職種コードが存在しない案件で
、これほどの行列なんて前例がありません!」
「ナギさん! 大変です!
ギルドの待合室が『気の渋滞』を起こしてます!」
ルカがパニック気味に駆け寄る。
「肩こり、不眠、魔力回路のノイズ……。
みんな、ナギさんに『デバッグ』してほしいって!」
「……私は便利屋じゃないんだけど。
これだけの人数を一度に診たら、私の経絡が先にパンクするわ」
ナギが冷静に状況を分析していると、足元でハチが尾を鋭く振った。
「――抽選制ね」
ハチの声は、混乱を切り裂くような合理性を持っていた。
「ハチ……抽選?」
「全リクエストを処理するのは不可能。
ナギの『計算資源(集中力)』を維持するために、
午前3名、午後2名に絞る。リリナが受付
ルカが抽選を担当しなさい」
「え、僕が抽選係!? でも、外れた人に恨まれるんじゃ……」
「適任よ。あなたは誰にでも好かれる属性を持ってる。
不満を分散させるには最適よ」
ハチの冷徹な、だが的確なマネジメントに、
リリナも「……逆らえない」とばかりに
【気導士相談・抽選受付】の札を掲げた。
ルカはすぐに調子を取り戻し、箱を抱えて叫んだ。
「よーし! 本日のラッキー経絡は“合谷”!
万能の鎮痛ポイントを引き当てるのは誰だーっ!」
「……ルカ、それ使い所を間違えると危ないから、
勝手に推奨しないでね」 ナギは苦笑しながら、
即席の診断室(元・物置)の準備を始めた。
午前の枠を引き当てたのは、
岩のような筋肉を持つ土属性の魔法師だった。
「……肩が岩盤みたいに固まって、
魔力を練るたびに火花が出る感覚なんだ。
回復魔法をかけても、表面が温まるだけで芯の硬度が変わらねぇ」
ナギは彼の背後に立ち、脊柱に沿って指を滑らせる。
(……肩は二次的なエラーね。根本的なバグは、基底部分にある)
「腕の可動域を確認させて。……あぁ、やっぱり。
原因は肩じゃないわ。土壁の生成で踏ん張りすぎたせいで、
仙骨周囲の気が『圧密沈下』を起こしてる」
「腰……? 俺が痛いのは肩なんだぞ?」
「肩は、崩れかけた土台を支えようとして
悲鳴を上げている『支柱』に過ぎないわ。
――失礼、システムを再起動するから、力を抜いて」
ナギは銀鍼を手に取り、腰の深部
――“大腸兪”へ正確に、一定の深度で刺入した。
「――ッ!? な、なんだ、熱い衝撃が背骨を駆け上がったぞ!」
「気のバイパスを開通させたわ。
滞留していた土の気が、今、足元へ抜けていったはずよ」
魔法師が立ち上がると、
その動作から「重苦しさ」が消えていた。
「……軽い。肩の岩盤が、砂みたいに解けていく。
……おい、これ、魔導石の出力まで上がってる気がするぞ!」
「土台が安定すれば、出力が出るのは物理の基本でしょ。
次はフォームを見直しなさい」
その日の夕方。
ナギは使い終えた鍼を煮沸消毒しながら、
窓の外に沈む夕日を眺めていた。
龍界の夕日は、少しだけ元の世界より波長が長い気がする。
「……気、巡ってるわね」
いつの間にか隣に座っていたハチが呟く
「ナギ、あんたが巡らせた気よ。」
「大袈裟よ。私はただ、目の前のバグを取っただけ」
「その積み重ねが、世界の解像度を上げるの。
……でも、これほど忙しくなるのは計算外だった?」
「……ええ。でも、悪くないわ。
ここには、私の技術を必要とする『理屈の通らない故障』が溢れてる」
そこへ、ルカが空になった抽選箱を抱えて飛び込んできた。
「ナギさーん! 明日の相談希望者、村の外からも来てるみたいで、
すでに予約枠がパンクしそうです!」
「……ハチ。明日から、
完全予約制に移行しましょうか」
「賛成。ついでに初診料のレートも上げてもいいかもね」
猫と少年が、呆れと期待の混じった声を上げる中、
ナギは静かに次の一手の「処方」を練り始めた。
この世界の「脈」を診る日々は、まだ始まったばかりだ。




