第4話:鹿茸がないので、猫を呼びました
オーナーの体調を根本から整えるため、ナギは“薬湯治療”を始めることに。
でも、必要な素材がちょっと特殊……?
「オーナーの様子は?」
「少し食欲は出てきたって。でも……まだ熱が下がらないみたいで」
ルカが報告に来た朝、ナギはすでに支度を整えていた。
鍼はある。でも、それだけでは足りない。
「この世界の“気”、濃いの。
芯まで詰まってると、外からの刺激だけじゃ届かない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「薬湯。体の中から“気”を整える」
ナギはさらさらと紙に処方を書き始める。
そこに目を落としたルカが、ある一行で思わず固まった。
「……あの、“鹿茸”って書いてあるんですけど」
「うん。仔鹿の柔らかい角。高熱や虚弱を整えるのに最適。
生命の“腎”の気を補う、東洋医学じゃ貴重な素材よ」
「えっと……こっちじゃ聞いたことないかも……」
「やっぱり」
ナギは鍼筒を片づけ、くるりと立ち上がった。
「薬草園、ある?」
「あります! ギルドが提携してる村の裏山に!」
「案内お願い」
「はいっ!」
◇◇◇
薬草園は、朝露を含んでしっとりと輝いていた。
斜面に植えられた薬草たちは、
まるでそこに“在る”だけで空気を整えているかのよう。
ナギは指先で触れ、葉の呼吸に耳を澄ます。
(……火の気が強すぎる草。これは落ち着きすぎてる。
……あ、これ。ちょうどいい)
「ナギさん、なんか葉っぱと会話してません?」
「呼吸を見てるだけ。植物も、ちゃんと“気”を持って生きてるの」
「……なんかすごい、説得力」
必要な薬草はすぐに揃った。だが──
「……鹿茸だけは、やっぱり無理ね」
ナギは空を仰いだ。
そして、心の中で静かに唱える。
(薬龍堂。鹿茸──上級、乾燥スライス)
ピコン、と脳内に反応。
例の古風な注文ページが浮かび上がる。
【配送方法:特別便】
【担当配達員:No.88】
(よし、注文)
◇◇◇
10分後。
ギルドの裏庭に、静かな足音が近づく。
「……これ、重かったんだけど」
黒猫ハチ。背中に小さな革の包み、顔はいつも通りの無表情。
「動物の角って重いし、形いびつだし、
揺れるたびに背骨に刺さるのよ。何とかして」
「でも、ちゃんと届けてくれてありがとう」
「別に、感謝されるためにやってるわけじゃない」
「でも顔がちょっとだけ嬉しそうに見える」
「……見間違い」
ナギは包みを受け取り、中を確認する。
丁寧に乾燥された鹿茸が、スライスされた状態で綺麗に並んでいた。
指先に触れるだけで、ほんのりとした熱と“生きた気”を感じる。
「……完璧。これなら薬湯にできる」
「それ、効くの?」
「むしろ、効かないと困る」
◇◇◇
薬草を刻み、順に鍋へ投入していく。
火加減を調整しながら、最後に鹿茸をそっと沈める。
その瞬間、鍋から立ち上った蒸気が、ふわりと金色に染まった。
「……きれい」
「“気”が整ってるの。理屈抜きで、効く蒸気」
ナギは両手を鍋の上にかざして、静かに息を吸う。
「この薬湯、完璧よ」
「味、見てないですよね?」
「気でわかるの。……私、“薬の味”より“気の色”で診てるから」
「味より気……なんか、名言っぽい!」
◇◇◇
薬湯をオーナーに飲んでもらい、仕上げに鍼を一本。
ナギの手つきはまるで、楽器を調律する調律師のようだった。
「……なんだか、背中が軽くなったような……」
「気が巡り始めた証拠」
ルカは目を丸くしている。
「ナギさん……鍼もできて、薬も作れて……もはや最強職じゃ……?」
部屋の隅では、ハチが静かにしっぽを揺らしていた。
そして、小さくひとこと。
「……なるほどね」
「なに?」
「少しくらいは、見直してあげてもいいかも」
「ふふ。ついに認めてくれた?」
「評価保留中。……再検討中に訂正してもいい」
「それ、ややこしくなってない?」
だけど、ハチの声はほんの少しだけ、やわらかかった。
外では風がそよぎ、草木が揺れている。
今日もまた、この世界の気が──少しずつ整えられていく。




