第3話:緊急事態です。鍼が足りません。
ナギは、小さな鞄の中を覗き込んで、小さくため息をついた。
「……やっぱり、あと一本しかない」
特注の銀鍼。
いつもの薬龍堂で注文した、お気に入りの型だった。
ただ、持ってこられたのは、非常用の数本だけ。
昨日の施術で、残りはこれ一本になった。
「ナギさん、大丈夫ですか?」
扉の外からルカが顔を出す。
「オーナー、少し熱があるみたいで
……また見てもらえますか?」
「もちろん。でも、これが最後の鍼なの」
「えっ、それって……」
ルカの顔がみるみる青くなる。
ナギは空になった鍼筒を軽く振りながら、遠くを見つめた。
(この世界で、補充なんて……)
思い出したのは、あの通販サイト。
**《薬龍堂》**。
こだわりすぎてて不便だったけど
どんな変わった鍼でも揃っていた。
ためしに──脳内で思い浮かべてみる。
(薬龍堂。銀鍼。三寸。特注品。通常発送)
すると、まるで合言葉に応じるように、
視界の端にふわりと表示が現れた。
見覚えのある、古風な通販ページ。
【現在地:異界転移先No.47-E】
【配送方法:特別便可能】
【お届け担当:薬龍堂 認定配達員 No.88】
【到着予定:30分以内】
「……マジで繋がった・・」 ナギは思わず呟いた。
スマホもPCもない、電波も魔力も不明の異世界で
──まさかのネット接続成功。しかも、注文できるらしい。
深く考えるのはあとだ。
(とりあえず、ポチる)←脳内で、これ!と言ってみるの意味。
◇◇◇
30分後。
ナギとルカは、窓辺で妙な気配を感じていた。
「……なんか、外にいますよ?」
「足音、一定。……魔力反応はゼロ。でも、気圧が揺れてる!」
そっと窓を開けると、そこにいたのは──
しなやかな毛並み。
背筋を伸ばし、背中に小さな革鞄を背負っている。
そして、銀の首輪には刻印があった。
**《薬龍堂配達員 No.88》**
「……注文主の生体IDを確認。納品する」
猫が、人の言葉で話しかけてきた。
「喋った!?」
「猫が喋るの、そんなに珍しい?」
「そりゃあ……まあ、はい」
ナギは驚きを抑えつつ、革鞄から包みを受け取った。
中には、見慣れた三寸の銀鍼が3本。
あの世界で頼んでいたものと、寸分違わぬ仕上がり。
「……本当に薬龍堂。しかも、異世界配送対応とはね」
「“異界転送ルート”は契約範囲に入ってる。
今さら驚かれても困る」
猫はしれっと答えた。
どこか気怠げで、それでいてプロ意識がにじんでいる。
「あなた、名前は?」
「No.88。それが登録名。覚えやすいでしょ」
「じゃあ……“ハチ”ね。
八の字は末広がりで、運気の流れがいいから」
「……まあ、それくらいなら許容範囲」
ナギがそっと頭を撫でようとすると、ハチは少し身を引いた。
が、それでも拒絶はしなかった。
「……そういうの、あまり得意じゃない」
「撫でられるのが?」
「懐くのが」
そう言いながらも
ナギの足元に静かに座り、しっぽを揺らす。
「それにしても……どうして……」
ハチは、ナギをちらりと見た。
だが、すぐに首を振る。
「……ううん。気のせいね」
結局、ハチはそれ以上何も言わなかった。
何を口にしかけたのかは分からないまま、
ただ尻尾だけが、ゆっくりと揺れていた。
その仕草に、ルカがぽつりとつぶやく。
「……ツンデレだ」
「違う。私は仕事してるだけ」
「仕事、終わったんじゃ……」
「確認と次の案件があるか、様子を見てるだけ」
「つまり、居座る気……?」
「滞在。短期」
ナギは小さく笑って、鍼筒に新しい鍼を収める。
「ありがとう、ハチ。おかげで助かったわ」
「……仕事で感謝されるの、嫌いじゃないけど。慣れてない」
「じゃあ、これから慣れていけば?」
「……気が向けばね」
そのまま、ハチは椅子の上に飛び乗って、丸くなる。
「今日はここで休ませてもらう。明日は考える」
「いいわよ。気が整ってる空間は、猫にも優しいらしいし」
「……そういう理屈、嫌いじゃない」
静かに、部屋の空気が落ち着いていく。
鍼も手に入った。施術も続けられる。
そして──新しい、少し気難しいけど頼れる相棒も。
この世界で、ナギの“気導士”としての日々が、
またひとつ形になり始めていた。




