第2話:気導士?それって魔法職じゃないんですか?
草原を抜けて、丘をひとつ越えた先。
そこには、木と石で組まれた──ちょっと古びた──建物が立っていた。
「ここが、冒険者ギルドです!」
元気よく腕をあげるルカ。その声に、ナギはふと眉を上げる。
「……ギルドって、もっと石造りで要塞っぽいと思ってたけど。
こじんまりしてるのね」
「ここ、村の分館なんですよ。
登録とか依頼の受付だけなら、このくらいで充分ってことで!」
なるほど。じゃあ、本部はもうちょっと派手なのかもしれない。
ナギは深呼吸した。
まだ、眉間──印堂のツボは、ほんのりあたたかい。
気がゆるやかに巡っている証拠だ。
(ほんとに、ここ異世界なんだな……)
しみじみと現実を噛みしめているうちに、
ギルドの扉がぎぃ、と音を立てて開いた。
「こんにちはー!」
「ルカくん!? 無事だったの!?」
カウンターの奥から現れたのは、腰まで髪を束ねたお姉さんだった。
年の頃は……二十代後半? しっかり者系美人、という雰囲気。
「崖下に人が倒れてたんです! この人、光ってて……」
「光る? それって魔法の話?」
「ううん、気導士らしいです!」
「はぁ……?」
案の定、お姉さんの眉がぴくりと動いた。
ナギは一歩前に出て、軽く会釈する。
「こんにちは。私はナギ。“気導士”です」
「き……導士……?」
「人の“気”を見て、整える仕事。
東の世界では普通の医術だけど、こちらでは馴染みがないみたいね」
すると受付嬢さん──胸の名札には《リリナ》と書かれていた
──は困ったように笑った。
「す、すみません。ギルドの職業登録に“気導士”って職種はなくて
……魔導士や回復術士なら分かるんですが」
やっぱりそう来たか。
ナギは内心ため息をつきつつ、リリナさんの後ろの帳簿を覗き込む。
「職業が載ってるリスト、見せて下さる?」
「えっ、ええと……はい、どうぞ」
びっしり書き込まれた職業一覧。
《火術師》《風の矢使い》《治癒魔導士》《召喚士見習い》
──なるほど、だいたい想像通りのファンタジー職。
だが、“気”の概念がまったく見当たらない。
(つまりこの世界では、気の流れや経絡は“可視化”されてないのね)
ナギはふと視線を感じた。ルカが、じーっとこちらを見ている。
「ナギさん……なんか、眉間がまた光ってますけど、大丈夫です?」
「……おそらく、気の反応ね。なんか、建物の奥がざわざわしてる」
「奥……ですか?」
ナギは目を細めた。
気配の流れが変わっている。
カウンターのさらに奥、裏の扉の向こうで、詰まっているような感覚。
それは、人の気というより、建物そのものの呼吸のようだった。
湿った空気、停滞する気……これは、どこか身体に異常があるサインだ。
「リリナさん。あの奥の部屋、誰かいますか?」
「えっ? あ、はい。ギルドのオーナーが、
最近ずっと寝込んでいて……病気みたいなんですが、
魔導士の回復も効かなくて……」
それだ。
「案内してもらってもいいですか?」
「え、でも、登録もまだですし、見知らぬ人を──」
「大丈夫。私を信じて。」
そう言われると、逆らえない何かがナギには備わっていた。
◇◇◇
ギルドの裏手にある部屋は、思ったよりも簡素だった。
木の窓から差し込む光の中、ベッドには一人の男性が横たわっていた。
白髪交じりの髭。頬はこけており、見るからに体調が悪そうだ。
「ご家族もおらず、ずっとここで寝たきりなんです
……食事もあまり摂れてなくて」
リリナがそっと言った。
ナギは静かにベッドに近づき、男性の手を取り、指先に軽く触れた。
(脈が浅い。けど、全体の気の流れがおかしいわけじゃない……これは)
彼女は胸元のポケットから、“非常用の鍼セット”を取り出す。
何かあった時のために、いつも持ち歩いているのだ。
透明の鍼筒。細く、しなやかで、どこまでも鋭い。
「な、ナギさん!? それって、武器……?」
「違うわ。これは“調律の針”。人の気を整えるためのもの」
ナギは素早く、老人の胸元を軽く押した。
すうっと指先が止まったのは──“中府”のツボ。
「ここだわ」
すっ、と鍼を抜き、慎重に刺す。
その瞬間──
**ふわっ**と部屋の空気が一変した。
白く、優しい光が鍼先から溢れ、男性の身体に染み込んでいくような錯覚。
ルカが目をまん丸にして叫んだ。
「な、な、なんか出たー!? 光のパワー魔法!?」
「パワーとかじゃなくて、気の滞りがほぐれたのよ。中府は呼吸器系の要。
ここの流れが塞がると、全身が酸欠になるの」
「な、なるほど……さすが気導士さん!」
ほどなくして、男性が微かに呻いた。
そして、うっすらと目を開ける。
「……ん、ここは……?」
「オーナー!? オーナー!?」
リリナが慌てて駆け寄る。老人は、ゆっくりとナギを見た。
「……あんたが、助けてくれたのか?」
「少し、気を通しただけです。しばらく安静にしていれば、回復しますよ」
「……すまんな……変わった癒し手だな」
ナギは小さく笑った。
「変わってるのは、昔からなんで」
◇◇◇
その日──ナギの“気導士”としての初めての施術が終わったあと
ギルドでは、ちょっとした騒ぎになっていた。
「なんか、外にまで光が漏れてたらしいよ!」
「魔導士でもできない技術だって!」
……まるで都市伝説の誕生だった。
「ナギさん、登録の件なんですが──」
再びカウンターに戻ると、リリナが手を合わせていた。
「“気導士”って枠はないんですが、
臨時職で“ヒーラー扱い”なら登録できます!」
「それでいいわ。よろしくお願いします。」
ナギはそう言いながら、ふと天井を見上げた。
──この世界には、まだ見えてない“詰まり”がたくさんある気がする。
(だったら、わたしのやることは一つね)
新しい世界での“気”の流れが、確かに彼女を歓迎しているようだった。
ご覧頂きありがとうございます(*^-^*)
次回から、毎週火曜日と金曜日の20時に開院します☆




