第12話 執事配属のお知らせと、無言の圧
診療所の朝。
ハチが煮沸鍋の蒸気圧を確認した瞬間
リリナが重々しい足取りで一通の封書を差し出してきた。
「ナギ先生……龍界・命継庁から、
特定警戒レベルの書状です」
封筒には、最高位の認証を示す金色のライン。
「また使命の催促?
フォルダ容量を圧迫するだけなんだけど」
「スルー耐性を試されているわね。
……でも、今回は少しフォーマットが違うわ」
ハチが封を切り、内容をスキャンする。
そこには驚くべき「物理的介入」が記されていた。
【命継庁・人事プロトコル発動】
調律任務の進捗管理のため、第三位使令ラゼルを
「常駐補佐官」として配属する。
※本決定はシステム自動承認済みであり
異議申し立ては龍王の直接認可を要する。
「……要するに、監視員を送り込んで
逃げられないようにするってことね」
「終わったわね。
……あ、でも、あの銀髪、煮沸の温度管理は得意そうだったわよ」
数十分後。
玄関から、ミリ単位で調整された正確なノック音が響いた。
扉を開けると、そこには完璧にプレスされた
漆黒のスーツを纏ったラゼルが立っていた。
左胸の銀バッジが、朝日に冷たく反射する。
「命継庁より、常駐補佐の辞令を受け参上いたしました。
本日から、この診療所の『全タスク』を最適化させていただきます」
「補佐? ……掃除と、患者データのソート
あと備品の在庫管理もお願いしていいのかしら」
「……それも『任務完遂』のための環境整備に含まれます。
お任せください」
こうして、龍界の精鋭エージェントによる
**「超高性能なバックエンド・サポート」**生活が幕を開けた。
午後の外来。
ラゼルの実力が、瞬時に診療所の風景を変えた。
ナギが脈診を行う横で
ラゼルは羽ペンを走らせることもなく
空中に魔力で情報を刻んでいく。
「患者個体識別番号0882。雷属性。
過去の放電ログと照合し、現在の抵抗値を算出。
……ナギ先生、次の刺入ポイントは
『豊隆』が最適解かと思われます」
弟子のユリが、その速度に目を見開く。
「ちょっと……書記能力も演算速度も人間離れしてます。
私の記録術が旧式に見える……」
ルカも、魔法でお湯を沸かしながら感嘆の声を漏らした。
「すごい! 診療の流れが完全に先読み(プリフェッチ)されてる!
道具が、欲しい瞬間にそこにある!」
「それが『補佐官』の定義です。
……私はただ、この空間の効率を最大化しているに過ぎません」
その日の夜。
業務終了のログを閉じながら、ラゼルが静かに進言した。
「ナギ先生。現在の患者流入は限界値に近い。
休息時間を定数として組み込み
魔力の自然回復を促すべきです。
明日からは完全予約制のグリッド運用をご提案します」
「……すごい執事感ね。龍界の威厳はどこへ行ったの?」
「……威厳を捨てたわけではありません。
ただ、東洋医学という『生命のアルゴリズム』には、
命継庁の古い書物にはない合理性が宿っている……。
私は、その最適化に興味があるだけです」
イグナスが小首を傾げて呟く。
「ラゼル殿。報告書には『監視中』と書くおつもりですか?」
「……ええ。『現地にて、未知の修復術の有効性を実証中。
継続的な監視――および、私自身のメンテナンスが必要である』と」
ユリが目を輝かせて詰め寄る。
「ラゼルさん! その『脈ログ管理法』
私にも同期させてください!」
こうして、超有能な「監視執事」が加わったことで
気導士診療所は単なる治療所を超え
龍界で最も「高精度なデバッグ・センター」へと進化し始めたのであった。




