第1話:転生したらツボが光っていた件について
龍は、知っていた。
この世界に、やがてひとりの王子が生まれることを。
そして、その王子の「気脈」が、生まれる前から、あまりにも脆いことも。
龍脈――大地を流れ、命を繋ぎ、魔力を巡らせる“気”の本流。
それを持たぬ者には、癒しも、祈りも、決して届かない。
それは、この世界にとってあまりにも残酷な現実だった。
だが、龍は空を翔けた。
七つの界を渡り歩き、ひたすらに探し続けた。
王子を救う術を持つ、たったひとりの存在──
気の滞りを見抜き、それを整える術を持つ者。
世界のどこかにいるはずの、“中央の者”を。
そして、ついに見つけた。
遥か遠い異世界。
東洋医学を専門とする病院で、
鍼を打ち、薬を煎じ、
人の気を読み、静かに癒しを与えていた──ひとりの女性。
名は、ナギ・セセリ・トオヤ。
間違いない彼女だ。
薬を煎じている土瓶が、湯気を揺らして並んでいる。
その間を、白衣を着た医師たちが忙しなく行き来していた。
ここは、東洋医学専門大学附属病院。
鍼と脈で人を診て、整える──そんな病院だ。
私はナギ。東洋医学専門の医師。
患者の“気”を読むことにかけては、ちょっとだけ自信がある。
……けれど。
(最近、ほんと疲れる)
治療のたびに、患者の“気”がじわっと自分に入り込んでくるような気がして。
まるで、こちらの経絡が吸われてる感じ。
そんな日々のせいか、この頃、同じ夢ばかり見るようになった。
霧の中、山の奥で。
どこからともなく、龍の姿のようなものが現れ、低い声で
『──お前の技、こちらの世界にも必要になってきた』と言うのだ。
え、誰? どこ? なにが必要だって?
……また同じ夢。そう思っていただけなのに。
ある日、私は本当に霧の山で足を滑らせて
──気がついたら、知らない場所にいた。
◇◇◇
草の匂い。濃すぎる空気。どこか懐かしくて、でも見たことのない空。
──あれ?
視界がじわっと明るい。うっすらまぶたの裏がぽかぽかしてる。
「……なんだろ、眉間があったかい」
ゆっくりと上半身を起こすと、広がっていたのは草原だった。
風がふわりと頬を撫でる。けれど、湿気の質がいつもと違う。
それよりも、自分の体がなんだか“軽い”。
そして、中心──丹田や印堂と呼ばれるツボのあたりに、妙な集中感。
(気が通ってる……しかも、ものすごくスッと)
体内の経絡がはっきりと感じ取れる。
これは修行を積んだ気導士でも滅多に体験できない感覚。
──まさか、本当に来てしまったのか。
「お、お姉さーん!? 生きてますかー!?
わああ! 眉間が光ってるーっ!?」
草をかき分けて飛び出してきたのは、栗毛の少年だった。
背中に小さな剣。腰にはポーチ。
見た感じ、冒険者の卵、といった雰囲気だ。
「そ、それ、呪いですか!?
爆発の前兆とか!? 火球とか出ないですよね!?」
少年はわたしの顔を凝視しながら、慌てて地面に伏せようとした。
「待って。落ち着きなさい」
私は眉間に手を当てる。
確かに……熱い。けれど、光ってるかどうかは分からない。
「これは“印堂”。精神を整えるツボなの。今、そこに気が集まってるだけ」
「つ、ツボ……? それって何かの魔法陣とかですか!?」
「違うわ。体の中に流れる“気”の交差点。そこに反応が出てるだけ」
「でも……ほら、ここ、ホワって光ってますよ!」
少年は指を差して言う。
(……もしかして、この子には“見えてる”の?)
「名前は?」
「あ、ルカです! 冒険者ギルドの見習いやってます!」
「私はナギ。気導士……みたいなものよ」
「き、気導士? 魔導士とは違うんですか?」
「似てるけど、ちょっと違うわね。私は“人の気”を見て、整える専門なの」
「は、はああああ! それって、すごい高位職な気がする……!」
いや、まだこの世界の職業ランク知らないんだけど。
「ギルドって、近く?」
「え、はい! あっちの丘の向こうです!」
「ちょうどいいわ。案内してくれる?」
「もちろんです!
あの……その前に、顔に光ってるのって大丈夫なんですか?」
「さあ。わたしも初めて光ったから、よくわからないわ」
ぽかんとするルカに笑いかけて、私は立ち上がる。
ふわりと風が吹き抜けた。
この世界の“気”は、生きている。
呼吸のたびに、それが伝わってくる。
(……呼ばれたんだ、きっと)
何度も見た夢の中の、あの龍の声が蘇る。
『お前の技、こちらの世界にも必要になってきた』
──必要とされてる。
そのことが、妙に嬉しかった。
「じゃあ、行きましょうか。ルカくん」
「は、はい! ナギさん、歩けますか!?
本当に爆発しませんよね!?」
「だから、爆発はしないってば」
私は笑いながら、草原を歩き出した。
経絡も、気も、ツボも──ここでは、ちゃんと生きている。
なら、私ができることはただ一つ。
この世界の“気”を、整えていくこと。
(──やってやろうじゃない)
静かに決意を胸に、私は新しい一歩を踏み出した。




