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1-3 ボーイ・ミーツ・ゲートウェイガール

「あらあ、薬人さん? 寧一くんのおともだちかしらあ」

 ばあちゃんが蕩けた笑みで聞くと、麻依が蕩けた笑みを返した。


「うふふ……恋人です♪」

「あらあ、そうなの! 寧一くんも隅に置けないわねえ」

「恋人じゃねえよ!」

「えぇ~? でーいちくん、冷たぁい。わたしの告白、受けてくれたのに」

「いや、確かに一度は受けたけどさあ……!」


 麻依は嘘をついていない。確かに、俺はこいつの告白をOKした。

 けど、それは麻依が大麻の薬人だと知らなかったからだ。知っていたらOKしなかったし、その後も俺は幾度となく「あれは取り消す」「付き合えない」と言っている。


 ――まったく、聞き入れてくれないけど。


「もしかして、寧一くんを迎えにきたの? かわいいわねえ」

「えへへ……そうなんです」

「真顔で言うなよ」

 せめてそこは、少しくらい恥じらってほしい。黒目がまるごと空洞になったような目で言われると怖すぎる。


「あなたは、でーいちくんのお母さまですか?」

 麻依が聞くと、ばあちゃんは嬉しそうに目を細めた。


「いいえ、あたしゃおばあちゃんですよ。若く見られてうれしいわあ」

「そうなんですねぇ。ふつつかものですが、よろしくお願いしますぅ」

「ウッフフフ、いい子ねえ。せっかく来たんだから、コカでもいかが?」

「炭酸ですかぁ? わたし、ちょっと苦手でぇ……」

「いいえ、薬の方よお」

「あっ。でしたらぁ、ぜひ」

「ぜひ! じゃねえよ!! ほら、行くならさっさと行くぞ!!」


 ばあちゃんを引き剥がし、麻依を玄関の外に押し出す。

 玄関の鍵を閉めると、ようやく少しだけ呼吸が楽になった気がした。


 深呼吸をすると、奇妙な甘い香りが鼻孔をついた。


「おばあさま、優しそうな人だねぇ。仲良くなれそぉ」

「頼むから、仲良くならないでくれ」

 言いつつ、肩を落として門へと向かう。


「だいたい、お前どうやってここを突き止めたんだよ」

「あ、それはねぇ」

 麻依が顎に人差し指を当てて言う。


「この辺りかなぁって思って、片っ端からぴんぽん押したの。すごいでしょぉ」

「凄すぎて引いてるよ、マジで」

「気分転換にマリファナ吸いながら、椎日さんのおうちどこですかぁって聞いたんだよ」

「ああ……終わった」


 どうやら住所が突き止められただけでなく、激ヤバ女と関わりがあることも近所に喧伝されてしまったらしい。

 心なしか、掃除をしているお隣さんにもチラチラ見られている気がする。針のむしろだ。


「でーいちくん、なんだか元気ないねぇ。まだマリファナあるけど、やる?」

「いらねえよ! つーか、大麻吸うことを『やる』とか言うな」


(このままじゃ、警察が来るのも時間の問題かもしれない……放課後、ちゃんと説明しないと)


 そんなことを考えながら敷地の外に出ると、塀の影に何者かの姿が見えた。


「なるほど……どうやら上の報告通り、“お嬢”の誘いは全て断っているようだな」

「えっ……?」


 振り返ると、顔のわずか十センチ先に、整った女の顔が見えた。


 一見すると男に見えなくもない、鼻筋の通った目つきの鋭い女性だった。

 鮮やかな紡錘形の葉が生えた頭、普通の黒目とは違う、紫色の目。


(別の薬人……!?)


 とっさに口と鼻を押さえると、女はふっと笑って一歩下がった。

「安心しろ。私は薬人だが、違法薬物の成分は持っていない」

「そ、そう……なのか?」

「私は、こういう者だ」


 女が懐から手帳を取り出して、縦に開く。

 巡査、蝦夷霞えぞ かすみ。薬人:エゾウコギ。

 見覚えのある階級と顔写真、手帳の下側で輝く旭日章を見て血の気が引いた。


「け……警察……!? 待ってください、俺はなにも……!」

「知っているさ。もしお嬢の誘いに乗るそぶりが見えれば、ただちに確保するつもりだったがな」


 霞が、持っていた手錠を懐にしまう。


「でも、どうして警察が……その、うちの学校の制服を?」


 蝦夷は上下に麻依と同じ、ブレザータイプの制服を身にまとっていた。よく街で見かける警察の制服ではない。

 耐えきれずに聞くと、麻依が横から口を挟んだ。


「かすみちゃんはねぇ、わたしのお世話をずっとしてくれてるんだぁ」

「私の家は代々麻依家の警備を担当していてな。私も先日大学を卒業したので、警察庁のいち警官として、彼女の警備を担当することになったというわけだ」

「なるほど、だから……」


 そういえば、聞いたことがある。


 薬人たちは、人間でありながら植物や菌類などの薬効を持つ。それゆえ、研究機関などに所属することが多い。


 ただ、麻依のような違法薬物の成分を持つ薬人は本人の危険性もさることながら、危険な人間達に狙われることも多い。

 なので、危険薬人たちの周囲には常に見張りがついており、かつ普通の人間には見分けにくいように身分や姿を隠しているのだとか。


 しかしそこで、ある疑問が頭をかすめた。


「ん? 大学を卒業……してるんですよね?」

「ああ、そうだ。今年警視庁に入庁した。警察手帳を見ただろう」

「いや、疑ってるわけじゃなくて……つまり、成人してるんですよね?」

「当たり前だろう。さっきからなにを言っている?」


 今年大学を卒業しているということは、年齢は22歳ということになる。

 22歳の女性が、高校生の制服を着て高校に通っている……?


「ええと……ちなみに、霞……さんは何年生なんですか?」

「もちろん、一年生だ」

「あっ……そ、そうすか」

「なんだ、年齢がバレると思っているのか? 問題ない。私は若く見られるタイプだからな!」


 霞が誇らしげな笑顔で、堂々と胸を張る。


(もしかして……この人、恥を知らないタイプか?)


「ともかくだ。お前はお嬢の婚約者なのだろう?」

「違います」

「となれば、いずれ私の正体も知ることになる。それゆえ、こうして身分を明かしたというわけだ。言っておくが、他言無用だぞ」

「話聞いてます? 霞さん」

「敬語を使うな! 周囲の人間に怪しまれたらどうする。私は形式上、お前たちの同級生なんだぞ。名前もお嬢のように、かすみちゃんと呼べ」

「無理あるって……」

「では、学校へ行くぞ。お嬢……ではなく、麻依。そろそろマリファナはしまいなさい」

「はぁ~い。でーいちくん、ポーチ出すからこのマリファナちょっと持ってて?」

「持ったら終わりだろうが!! 嫌だよ!!」


 反射的にツッコむと、霞がけらけらと笑った。


 それにしても、まずい。激ヤバの薬人だけじゃなくて、警察にまで目をつけられるなんて。

 けど、大丈夫だ。もうすぐ夏休みだ、夏休みに入れば時間が稼げる。


「あ、そぉだ」

 冷や汗をハンカチでぬぐうと、麻依がふいに言った。


「せっかく、おうちがわかったんだし……夏休みも、毎日遊びにくるねぇ? 楽しみ♪」


 やはり――俺が今日迎えた朝は、絶望の朝だったらしい。

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