人魚の涙~転生したら人魚でした~
気がついたら、水の中にいた。
息を止め、必死に上を目指して泳ぐ。
けれど、海面はいつまで経っても見えない。
胸が焼けつくように苦しく、視界が暗くなっていく。
──もう、だめだ。
吐き出した息は泡となり、消えていった。
その瞬間、全身を覆うはずの苦しみは訪れなかった。
代わりにやってきたのは、不思議な安らぎ。
「……え?」
水中なのに呼吸ができる。声まで、普通に響いた。
戸惑いながら下を見た私は、息を呑んだ。
二本の脚の代わりに揺れていたのは、銀色に光る尾びれ。
頭を刺すような痛み。
唐突に、理解する。
──私は人魚に、生まれ変わったのだ。
日本で人間として生き、そして死んだ。
もう二度と家族や友人には会えない。
そう思った途端、胸の奥が締めつけられ、涙がこぼれた。
水中なのに、不思議と涙が流れ落ちていくのが分かる。
昔、物語で読んだことがあった。
人魚の涙は宝石。
とりわけ真珠は、別名「人魚の涙」と呼ばれるのだと。
ならば、私の涙も──。
滲んだ視界の中、赤い玉がひとつ、目の前に浮かんだ。
想像していた白く柔らかな輝きではない。
それは鮮烈な赤だった。
私は恐る恐る手を伸ばし、指先でつまむ。
──ぷちん。
音と共に、玉はあっけなく潰れた。
「……え」
指先に残ったのは、どろりとした液体と薄い皮。
鼻を近づければ、かすかに漂う生臭さ。
喉がごくりと鳴る。
意を決して、舌先で確かめた。
──知っている味。忘れようがない味。
「……これは、いくらだ」
人魚の涙は、宝石でも真珠でもなかった。
まさかの“いくら”だったのである。
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