3. 少女の夢
「太陽の塔まではどれくらいかかるの?」
ドナの父親を元の姿に戻すため、太陽の塔を目指すと決めたレイヴとドナ。行くと決めたものの、太陽の塔への道順すらも知らないドナは首を傾げた。
月に一度日光浴の日を開いている「太陽の塔」だが、実際のところレイヴ以外の村人の誰も、太陽の塔へ行ったこともなければ「太陽の塔」の構成員に会ったこともない。
なぜなら日光浴の日には、広場に日光浴の装置が設置されるのみで、太陽の塔の構成員はその場に現れないからだ。その代わり日光浴の長さや会場整備は、太陽の塔より選出された、最も寄付額の多い数名による有償ボランティアが行っている。さらに、装置の移動を任されているのは、村長よりも信頼のおけるレイヴだけだった。
「太陽の塔は山の中腹にあるんだ。今から歩いていくと4時間……いや、すぐに日も落ちるし、ドナのペースだと休み休み行って明日の朝には着けるかな」
どの道家にも帰ることができないドナは、少しでもはやく父を元に戻すため、すぐさま出発することにした。
ドンゾコバレーを囲む山々の中で、一際高い山がある。その山の中腹に太陽の塔が位置している。遠目から見ても、太陽の塔のてっぺんには日の光が届いているように見える。
「レイヴは太陽の塔に行ったことがあるんだよね?あそこまで行けば、本物のお日様の光を浴びられるのかな?」
「そうかもしれないね、ドナは本物のお日様の光を浴びてみたい?」
「うん!……だけど、本当はお父さんをあそこに連れて行ってあげたい」
「お父さんが山登りできるくらい回復したら、連れて行ってあげようね」
目を輝かせるドナを見て、レイヴはつい彼女の頭を撫でた。
2人が山に入ってからまもなくすると日が落ちてきて、ただでさえ薄暗い山中は暗闇に変わった。日が完全に落ち切る前に、レイヴたちは急いでテントを張り、休みを取ることにした。
樹齢100年以上の太く背の高い木々が立ち並び、虫の音が鳴り響く。山登りをしたことがなかったドナは、はじめての体験に心を躍らせた。
そのうちのひとつは、キャンプファイヤー。普通に火を起こすだけなら村でもみたことはあるが、山の中でするキャンプファイヤーはどこか違う。暖かく、心が安らぐものだ。赤い火がゆらゆらと揺れるのを見ているだけで、心が落ち着くような気がする。
その火で、レイヴが川で捕まえてきた魚を焼いた。なぜだかいつもよりも美味しいような気がする。夢中になって魚を貪っていると、レイヴがスープを分けてくれた。レイヴが背負っていた大きなリュックサックの中には、色々な山登りグッズが入っている。
ドナにとってレイヴは単にいつも遊んでくれる良いお兄ちゃんで、どんなものが好きなのか、村のどこに住んでいるのかも知らないが、こうして自分のために一緒に着いてきてくれることが嬉しかった。
レイヴの発光体質は日中限定で、夜にはほとんど発光しないようだ。夜の姿のレイヴを見るのも初めてだったドナは、いつもと雰囲気の違うレイヴに驚いた。普段明るく輝いて見える分、夜になると一層暗く影って見えるのだ。今どんな表情をしているのかも読み取れなくて、ドナはなんとなく昼間のレイヴの方が良いなと思った。
「ドナは、大きくなったらどんな大人になりたい?」
食事を終えた後、空を眺めているドナに、レイヴが問いかけた。真っ黒な空に無数の星々が光を放っている。その中で1番輝いているのは大きな満月だ。
月は太陽の光を反射しているから、光っているように見えるのだと最学校で教わった。
「わたしはね、大きくなったら、この村に本物のお日様をあげるの」
「本物のお日様を?」
レイヴは首を傾げた。
「うん。『反射』ってあるでしょ?あのお月様が太陽の光を反射しているみたいに。それってランプの光を鏡が反射するの同じなんだって」
ドナは指をもじもじと弄りながら言葉を続けた。
「だから、山の上の方に大きな鏡を設置したら、お日様の光を反射させて、光を届けることができると思うの」
レイヴは驚いた。単純な発想だが、なぜ今まで誰も思いつかなかったのだろうか。障壁はいくつもあるが、実現すればこの村の日照問題は解決に近づくかもしれない。
「すごい、ドナすごいよ!そんなことを思いつくなんて!」
ああ、明るい未来を夢想する子どもはなんて純粋で綺麗なんだろう。
レイヴの言葉にドナは満面の笑みを浮かべた。
「そうかな?できるかな?そうしたらきっと、お父さんも村の人たちも、お日様をいっぱいに浴びて元気になってくれるかな?」
「大きくなったら、絶対君が実現させるんだ。君ならできるよ」
雑念も懸念もなく、直向きに前を見る姿は、どれだけ輝いて見えることだろう……。
密かに思い描いていた夢を肯定されて、ドナは嬉しくなった。
「早く大人になれるといいな」
ドナは月に向かって呟いた。