過去と未来。
過去がどうであれ、全ての人間は心と言う存在するかしないのか、分からない存在の中で、未来に多少の希望を抱く。
俺もそうであり、天音も同じだ。
全ての人間は、きっと。
その様にプログラムされているんだろう。
「ゔ、ぅん。」
気まずい雰囲気を帳消しにしたいと言いたげに、結人は咳払いをし、続ける。
「あ、天音はさ、俺の事恐いのか?」
「・・・結人は信用している。
でも、一抹の不安は否めない。」
「何が・・・何がそうさせるんだ?」
「・・・男・・・だから。」
「対応できない理由だな。」
「私ね。転職デビューなの。」
「はぁ?何それ?高校デビューとかの転職バージョンか?」
「そう。私、ついこの間までは、地味で誰にも相手にされない様な、そんな身なりだったの。」
「そう・・・なの?」
結人は、天音を足のつま先から頭の先まで舐めまわす様に見て答えた。
「もぅ!見すぎ!」
天音は恥ずかしそうに結人の両眼を掌で覆い隠した。
結人はすかさず、天音の両腕をつかみ、優しく払いのける。
「天音さ、タッチは禁止・・・
カンベンシテクレ〜!」
結人は冗談混じりに、血肉を欲しがり苦しむゾンビの様な裏声で訴えた。
「・・・ごめんなさい。」
結人の冗談も虚しく、また気まずい空気が張り詰める。
「ゔ、ぅん。」
結人の咳払いが、重い静寂を切り裂いた。
「で?」
「あっ、うん。それでデビューの話だったわね。」
天音は我に帰った様に話しだした。
「私は小さい頃から友達と遊んだりもせずに独りぼっちだったわ。友達と言える人がいなかった・・・が正しいかしら。
社会人になってからは、仕事の事で人と話す機会は増えたけど、仕事押しつけられたり、ジメジメしててナメクジみたいって陰口言われたり。そんな人生だった。」
「今の姿からは想像できないな。」
結人はまた天音をマジマジと見つめた。
「だから!あんまり見ないで!
・・・でもね。変わりたい!って願望が突然湧き上がったの。
私はすぐに会社を辞めた。
それから、美容室に行って、お化粧品とかファッションの勉強もした。
それで私は変わった・・・つもりだった。でも、外見だけ変わった所ですぐにボロが出て、全然ダメダメだった。
絶望感に押しつぶされそうになった時に、ガブリエルが現れたの。
ガブリエルは、色々な事を教えてくれた。私の内面も変えてくれた。
すごく感謝してる。」
「お前、まさか!天使に恋を?」
「ふふっ。まさか。ガブリエルは第二のお父さんみたいな存在かな?
姿だっておじいちゃんだし。」
「そう。」
結人は、自分の感情の乱れを感じ、少しづつ天音に惹かれている事に気付いた。
「と、いうのが私の過去の話。
つまらなかった?」
「いや。頑張ったんだな。」
「ふふっ。何それ。」
先程とは打って変わって、温かい空気が二人を包んでいる、そんな感情に二人は癒された。
「じゃあ、お互いの過去はこれで分かったな!未来の話をしよう!」
結人は、まるで透けた天井を通り越して大空を見上げているが如く、爽やかに言った。
「そうね。じゃあまずは契約しましょ。」
「契約?」
「うん。ステータスを出して。」
「えっ?うん。ステータス。」
「ステータス。
・・・・・・・。」
「どうした?」
「何でもない。じゃあステータスに掌をかざして、私のこの辺りに結人のステータスを動かして。」
結人は黙って言われた通りにステータスを移動させた。
「おぉ!」
ステータスが融合し、二人のステータスが同時に見られるようになった。
「すごいな!」
「これで契約成立よ。
契約した場合だけど、例えば結人が欲に目がくらんで、私を殺したとする。
そしたらその瞬間、あなたも消える。
生まれ変わる事もない、永遠の暗闇に閉じ込められるわ。気を付けてね。」
「こぇ〜。まぁ別に裏切るつもりはないけど・・・欲って?」
「そうね。忘れてた。
全ての使徒の頂点に立った者は、一つだけどんな願いも叶えてもらえるの。」
「どんなって?何でも?」
「そう。叶えるのは最高神だから。」
「なるほど。でもさ、最高神も危険な事するよな〜。もしやばい奴がそうなったら、最高神変われとか、世界全て消すとか言い出しそうだけど?」
「その辺は、考えて使徒は選択されてるみたいよ。現に、私もそうだけど、結人もそんな願いは願わないでしょ?」
「そうだな〜多分。」
どんな願いを。
結人の頭の中は、その事でいっぱいになった。
「まぁ、考えておいて。」
この時、天音は幾つかの隠し事をした。
大切な存在に近づきつつあった、結人を守るため・・・に。
結人は、願いを考えるのに必死で、そんな事には一切気づかないでいた。
「あー!もういい!思いつかない!
追々考える事にする。」
「ふふっ。使徒は山程いるのよ。
先は長いんだから、ゆっくり考えたら?」
「まぁ、そうだな。・・・でもさ、願い事を叶えたいって気持ちがピンチを乗り越える力になるだろ?」
「かもね。」
天音は楽しそうに頷いた。
「あー!」
「何?!」
突然叫んだ結人に、天音は驚いている。
「いや〜。先立つ物がない。
俺、就活しないと。使徒を探して倒すなんて仕事しながらできるのか?」
「ふふっ。そうね〜。スマホ出して。」
「えっ?あぁ。」
結人は徐ろにスマホをポケットから出した。
「銀行口座見てみて。」
「えっ?良く分からんな。
増えてたりすの?
・・・一、十、百・・・・・。」
結人は掌で両目を擦り、もう一度スマホに目を移した。
「・・・・間違いない・・・4億7500。
5億円近く振り込まれてる!!
・・・どういう事?」
「ふふっ。使徒を1人倒したら、5千万円もらえるのよ。それから、その使徒が獲得した分のお金も写る。
私と結人は二人で稲荷を倒したから、2500万円づつと、多分稲荷は人使徒を20人近く倒してたんでしょうね。
だから私達には5億円づつ与えられたの。私達は、契約したから、これから使徒を倒せば半分づつ与えられる事になるんだけどね。」
「・・・やばい!この金を持って隠れ住みたい。」
「ムリよ。使徒の中には、他の使徒を探知する力を持ってる人もいる。
私達は戦うしかないの。」
「残念です。
・・・と言うかさ、稲荷の使徒ってむちゃくちゃ強かったんじゃねぇの?
20人倒したんだろ?」
「そうね。危なかったわ。
倒した数の使徒を考えると、変身能力まで極めてた可能性があるわ。」
「変身?」
「稲荷・・・つまり、九尾の狐。恐ろしい魔力量で、人を惑わす。
恐らくだけど、稲荷は直接手を下さなくても、自害させたりするのも可能だったと思う。」
「こぇ〜。
・・・俺、この先やっていけるかな、」
結人は不安に押しつぶされそうになっていた。
「まぁ頑張りましょ!」
美しくいて、爽やかな笑顔で天音は手を差し出す。
「まぁ、後戻りはできなそうだし・・・これからよろしくな!」
結人はその手を取り、固く握手を交わした。
(これ、外国形式でハグもできないかな?)
鼻の下を伸ばした結人の顔を見て、天音は察した。
「鼻の下、伸びてますけど。」
「・・・。」
結人は天音の手を離さず、無言で見つめる。
「バカで変態・・・ちゃんと頑張ってよ。」
天音は結人の手を解き、強く抱きしめた。
「はい!頑張ります!」
結人は満足気に、頑張る事を誓った。