逃走。
人は、直接であれ、間接的であれ、
人を手にかける事に抵抗を覚える。
中には、それに快感さえ感じるサイコパスな人間もいるだろう。
だが、俺は違う。
断じて違う。
かと言って、無抵抗に命を失うのもごめんだ。
俺は・・・この先、やっていけるのだろうか。
「ゔぅ~。」
結人は暗闇の中目を覚ました。
時計は、夜中の2時を指していた。
「ハァー。寝るのに慣れてないな。
昨日しっかり寝たからな〜。
もう眠れそうもない・・・散歩でも行くか。」
結人は、静かにドアを閉めると静寂に紛れる様に、夜道を歩き始めた。
「やっぱりここは明るいな。あの星空が懐かしい。」
1日しか経っていないのに、何だがずっと前の様に感じる。
田舎の夜に結人は魅了されてしまっていた。
「引っ越すか?」
都会とはいえ、夜中の2時だ。
遠くをまばらに走る車の音くらいしか聞こえない。
「田舎でなくてもこうしていると落ち着くな。働いてた時は、こんな気持ちにはならなかったからな。貴重な体験だ。」
静寂を楽しむ結人は、近所の公園へと差し掛かった。
「逃げるな!待て!」
「ちょ、ちょっと待って!まだ無理だってばー!」
静寂を切り裂く様に、男女の争う声が聞こえた。
「なんだ?お盛んなカップルかな。
関わらない様にしよ。」
結人は歩みを止め、引き返そうとした。
と、遠くからこちらに気付いた女が近づいてくる。
「こっちくんなよ・・・」
小さく呟くと、気づかないフリをして、来た道を引き返した。
「待って!」
結人の腕を掴んだ手は、白い光に覆われている。
「あっ。」
見覚えのある顔に結人はつい声をあげた。
「色々と話はあるんだけど、とりあえず今は協力してー!」
女は結人にしがみつき、訴える様な視線を送る。
「ハァ。何?彼氏と揉めてんの?」
ため息混じりに呆れた様に問いかけた結人に、女は呆れた顔で返す。
「分かるでしょ!あいつは稲荷の使徒!やらないとこっちがやられるの!
早く!なんとかしてよ!」
焦る女を前に、ポカンとしている。
「なんとかって?」
「あいつを殺すの!」
女は狂気の沙汰とも思える発言を平然と口に出した。
「はぁー!!!」
結人は驚きの余り叫んだ。
「あなた使徒でしょ?グレイの。」
「使徒が分からん。」
女は不満に満ちた顔で結人を睨みつける。
「とぼけて逃げるつもりならもう遅いわよ!」
女は思い詰めた表情で、結人の後ろを指さした。
「はぁ、はぁ、はぁ。
おぃ!お前はこないだの!」
結人が振り向くと見覚えのあるキツネ顔の男が立っている。
「なんでここに・・・俺は関係ないんで。失礼する。」
結人はキツネ顔の男を警戒しながら、
後退りする。
「見捨てるの?」
女は上手く逃げ出せそうな所で結人のうでを掴んだ。
(勘弁してくれよ・・・何なんだよこいつらは!)
「あー!めんどくさい!
スリープカケル15!」
結人はそう唱えると、女の腕をつかみ、走り出した。
「ちょ、ちょっと!なんで逃げるのよ!」
「はぁ!?当たり前だろ!
あいつは75秒目覚めない!
とりあえずにげる!
後で、色々教えろよ!」
「痛いよ!走るから腕!」
「あっ、すまん。」
「全く。強引すぎるとモテないわよ!」
「余計なお世話だ!」
二人は必死に走り、逃げた。
女は結人に黙ってついて来ている。
「はぁ、はぁ、はぁ。
ここ、あなたの家よね?」
「はぁ、はぁ、はぁ。そうだけど?」
「私一応女の子なんですけど!」
「家に入るのが一番安全だろ?
嫌ならここでお別れだ!」
逃げる事しか考えてない結人は、余裕無く答えた。
「・・・分かったわよ!」
女は仕方なさそうに、結人の家の敷居をまたぐ。
「な、何かしようとしたらあいつ呼ぶから。」
「はぃはぃ。分かった、分かった。」
何かする以前にできれば関わりたくないオーラを全面に押し出し結人は女をあしらう様に言った。
「とりあえず座れよ。お茶くらいは出すから。」
女は仕方なさそうにソファーに座り、
小さく縮こまる。
「・・・。」
急に大人しくなり、緊張している様子だ。
「どうしたんだ?」
「・・・別に。」
「そう。・・・わぁ!」
結人は両手を上げ、女に向かって叫んだ。
「キャッ。」
女は怯える様に驚いた。
「す、すまん。
そんなに怯えるなよ。」
「あ、あなたのせいでしょ!」
女は怒っている。
結人はお構い無しに続ける。
「で?何から話してもらおうか。」
湯気のたつカップを2つテーブルに置き、ソファーに座った。
女は結人との間隔を広げる様に、ソファーの端に座り直し、カップに手をかけた。
「熱っ!」
「ははははははっ!とりあえず落ち着けよ。何もしない、しない。約束する!」
「ゔ、うん。」
女は笑う結人を怪訝に見つめ、
恥ずかしそうに咳払いし、口を開いた。
「約束よ。」
「うん。約束だ。
・・・で?聞きたい事は山程ある。」
「そうね。まずはあなたがどこまで知ってるか・・・なんだけど。」
「まずは俺の話からする必要があるみたいだな。」
結人は頭を抱え、奴らの憎たらしい笑い声を思い出していた。