くちづけ。
ダメだ。
遠のく意識の中、俺は走馬灯の様な物を見ていた。
走馬灯の中、人は生きるヒントを探すと聞いた事がある。
だが、よっぽどつまらない人生だったのだろう。
俺が思い出すのは、天音と出会ってからの記憶ばかりだ。
それから、憎たらしく笑うあいつら。
頭の中の走馬灯の中のあいつらは、ケラケラと笑いながら俺のステータスのレベルを指さす。
何だ?こんなシーンは俺の記憶には無かった。
でも、もう・・・どうでもいい。
天音。麗央奈。何とか逃げてくれ。
弱くてごめんな。
・・・何だろう。
意識の向こうに、何か・・・口に柔らかい感触。
天音さん!?
「結人!起きて!」
天音は結人に必死で呼びかける。
その後ろで、麗央奈は不安そうに立ちつくしている。
「あー!もう!ガブリエル様!なんでこんな使いにくい方法なのよ!」
天音は頭を抱え、意識の無い結人を見つめる。
「仕方ない。もう今回は、ご褒美は無しよ。・・・天使の口づけ。」
天音がそう唱えると、天音を包む光がより一層、輝きを増した。
そして、結人の唇に、自分の唇を重ねた。
天音を包む強い光は、結人の体へ移動し、結人の中へと消える。
結人のはゆっくりと目を開ける。
「天音さん?!」
結人は嬉しさと、何が起こったのか理解が追いつかない動揺で、地を這うように後退りする。
「その反応、失礼じゃない?」
天音は不満そうだ。
「えっ、いやっ、え?
・・・あ〜。俺が死んだと思って、最後にキスしたかった的な?」
「ハァ。バカじゃない!・・・体、どう?」
「ん?!あれっ!痛くない!」
「ちなみにМPも回復してるはずよ。」
「何?・・・回復?」
結人は思考を巡らせる。
「そうよ。できれば秘密にしときたかったけど。これが私の能力。簡単な回復は手をかざすだけでできるけど、今回のはこうするしかなかったの。」
「・・・。」
(と、いう事は・・・瀕死になれば毎回?)
「結人。今、良からぬ事、考えてるよね?」
「えっ?」
結人はキョロキョロと目がおよいている。
「ハァ。だから秘密にしときたかったの。」
「申し訳無い。」
こんな状況でもバカな事を考えてしまう自分に、少し反省した。
ガシャーン!
ドカーン。
「やばい!あいつこっちに向かってるぞ!」
玄武は鬱蒼と茂る木々に、なかなか進めない様子だが、確実に、少しづつ、こちらに迫って来ている。
「後はあなた頼みよ。頑張って!」
天音は結人の背中を叩いた。
結人は、走馬灯の中で、あいつらがレベルを指さしたのを思い出していた。
「なぁ、天音。」
「何?」
「翼出す時って、どうやってる?」
「変身の事?」
「そう。」
「天使の姿を想像して、自分に重ねるの。」
「よし、やってみる。」
結人の体が変化し始める。
「あはははっ!」
天音は突然笑い出した。
「何だよ。」
少しエコーの効いた声で結人は不満そうに問いかける。
「だって!ごめん。半身の半が独特すぎる!」
「ん?」
天音はスマホを鏡の様に結人に向ける。結人は、天音が笑った意味が分かった。
半身したのは、首から上と、手首から先、足首から先。
頭、手、足だけ大きい間抜けな自分の姿に、グレイへの憎悪が蘇る。
「それ・・・強くなったのかな?ふふっ。」
「そろそろ慣れろよ。やってみるしかないだろ。」
「が、頑張って。」
天音は笑いをこらえながら、手を挙げ、強く握る。
「はいはい。頑張りますよ。」
結人はその場で飛び跳ねたり、拳に握ったりしてみた。
「天音!すごいぞ!スリープ無しで潜在する力が使える!しかも!スリープをかけた時以上だ!」
結人は大きくなった手で、大木の幹を力いっぱい握ってみた。
バキバキッ!
大木の幹の一部が、砂場の砂を握った様に、幹から剥がれる。
「わぁ!すごい!結人!いけるよこれっ!」
「だな!行ってくる。」
結人は真面目な顔になり、玄武の方を向くと、一瞬で消えた様な速度で走り出した。
「待たせたな!」
「ん?半身?面白い!勝負だ!」
玄武は嬉しそうに吠える。
「残念だが、相手が悪い。お前は蚊を倒す時どうする?お前に俺は捕まえられない!降参するなら今のうちだぞ?」
「降参?笑わせるな!」
玄武族の男は、また尾を結人へ向けムチの様に叩き込んでくる。
結人はそれをいとも簡単に避けてみせた。次の瞬間、結人は玄武の甲羅の上にいた。
「おのれ!」
玄武が叫ぶのを無視して、結人は玄武の甲羅と甲羅の隙間に手を突っ込み、目繰り上げる様に力を込めた。
グチャ。
「ガァー!」
玄武は、甲羅の1枚が剥がれると同時に寄生を上げる。
「どうだ!このパワー!」
堪らず、玄武は自分の甲羅の上にいる結人に向かって尾を繰り出す。
「ガァー!」
甲羅の剥がれた部分に尾は当たり、血しぶきを上げた。
「お前、学習なしかよ。」
玄武の前に立った結人は、更に挑発する。
激痛に、玄武はその場に倒れた。
「すまん。守らないといけない人がいるから、負けてやる訳にはいかなくてな。」
結人は、葛藤しながらも、玄武の長い首の一部を握り、握りつぶした。
玄武は雄叫びを上げる事も無く、しばらくバタバタと動いたあと、絶命した様子だった。
茶色い玄武を模った光が玄武を包み込み、消えた。
「終わったー。」
結人はその場に崩れ落ちる様に倒れた。
「結人ー!やったね!」
天音と麗央奈は駆け寄り、結人に飛びついた。
「あ〜幸せ。」
一言だけ言うと、結人は気を失う様に眠った。
「結人。お疲れ様。」
天音は、結人の頭を優しく撫でた。