玄武。
人は追い込まれた時、想像もしない力を発揮する。
火事場の馬鹿力というやつだ。
どうする事もできない。
そんな時、生きたいという気持ちが強いか弱いか。
俺は強かった。
ただ、それだけなのかもしれない。
(あぁ。幸せとはこの事を言うのだろう。朝目覚めると、目の前に天使の寝顔。)
「ぐはっ!」
(そして、天使の蹴り。
天音さん、君は見た目を裏切る寝相の悪さなのですね。
・・・でも許そう。
蹴りと共に俺を包み込む様に俺に乗せられた白く輝く腕。そして、薄い布越しに伝わる柔らかい感触。これを幸せと言わずに何と言うのだ!)
「ぐはっ!」
(俺の上に乗った足は、宙を舞い、再び俺の上に落ちる。
天音さん、あなたはわざとやってるのですか?)
「何?!」
結人のうめき声に、寝ぼけた麗央奈が起き上がる。
「ムニャムニャ。」
バタン。
再び、麗央奈は眠りについた。
(何なんだ、この茶番劇は!
だが、間違いない。これが幸せなんだろう。)
結人はスヤスヤと眠る天音の寝顔を見つめていた。
(いい匂いがするな。)
そんな事を思いながら天音を見つめていると、ゆっくりと目が開いた。
「キャー!」
ドシン!
「痛いよ。」
「ご、ごめん!びっくりしちゃって!」
驚いた天音にベッドから落とされた結人は、尻をさすりながらたちあがった。
「おはよう。」
「うん、おはよう。」
天音は申し訳なさそうにしている。
「気にするな!その分いい思いはさせてもらった。」
結人は満足気に頷きながら言った。
「えっ?何かした?」
天音は不安そうに浴衣が乱れていないか確認する。
「な、何もしてねーよ!
むしろされた?」
「えっ?私、寝ぼけて何かしたの?」
「みぞおちに2発ばかり蹴りをもらった。」
「ご、ごめんなさい。」
「大丈夫だ!それと同時にハグと柔らかい感触を味わった!」
結人は嬉しそうに報告する。
「バカ。」
天音は恥ずかしそうに、布団で顔を隠した。
「おはよう〜。」
二人の騒がしさに、麗央奈も目を覚ました。
天音は布団から顔を出し、起き上がる。
「麗央奈、おはよ。」
「天音、喧嘩?喧嘩しないで!」
「いゃ、大丈夫!仲良しだよ。」
起き上がった天音の肩を、結人は抱き寄せた。
「うん、大丈夫。仲良し。」
顔を引き釣り気味に、天音も答える。
結人の後に回された天音の手は、結人の尻をつねっていた。
「痛くないもんね。」
結人は小声で憎たらしく答えた。
「悔しい〜。」
顔を引き釣り気味にニコニコしながら、天音も小声でいった。
「な〜んだ。良かった〜。」
まだ微睡みの中にいる麗央奈は、安心した様子だった。
「で、今日はどうするの?」
天音は結人に問いかけた。
ここは遊歩道。
と言うにはなかなかに険しい道程だ。
「あ〜。観光地って言うからもっと手軽に行けると思ってたよ。」
「ハァハァハァ。そうね。」
「お〜い!結人!天音!早く早く〜!」
「元気だな。」
「そうね。でも、なんで滝?」
「いや〜、せっかく来たし、人の作った湯畑は見れたし、次は自然の作った滝を見るべきだと思ってさ。」
「なるほどね。でも、これは失敗ね。」
「だな。」
三人は、嫗仙の滝を目指し、斜面を歩いていた。
「遅いよ〜!」
元気な麗央奈は、結人と天音を急かしながら、どんどん進んで行く。
「あ〜。多分もうすぐっぽいな。」
「やっとだね。」
序盤は元気だった麗央奈も疲れた様子で、3人は縦に並んで歩いていた。
「おぉ!すごい!」
「ほんとだ〜!」
「ねぇ、結人。もしかしてあれを見る為に頑張ったの?」
中学生の麗央奈は、滝には興味がなさそうだった。
「あっ!あれ!なんかしてるよ!」
「えっ?滝行?」
人はいないとはいえ、観光地で滝行をする男に結人は警戒している。
「お〜い!おじさん!何してるの〜?」
「あっ、こらっ。声かけちゃダメ!」
天音が麗央奈をとめたが、手遅れだった。
目を瞑り、瞑想していた男の目がゆっくりと開く。
「目力つよっ!」
男の瞳の大きさに、結人はつい口に出した。
男は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「我の修行の邪魔をしたのは貴殿らか?」
少し離れた所から、低い声で言う。
滝に打たれている時は分からなかったが、男は茶色い光に包まれていた。
「まずい!使徒だ!」
結人は咄嗟に天音と麗央奈の前に出た。
「答えよ。」
男は更に距離を詰めてくる。
「そうだけど。観光地で滝行なんかしてるお前が悪い!」
結人は男に説教混じりに言う。
「そ、そうか。それは申し訳ない。」
「えっ?」
結人は男のまさかの反応に、呆気にとられている。
「貴殿は、かなりの徳を積んでいるとお見受けした。」
「まさかまさか!この人は、バカで変態よ。」
天音が割り込む様に言う。
「徳の高い貴殿におりいって頼みがある。」
男は天音を無視して続ける。
「な、なんだ?」
結人は徳の高い男を演じる様にいった。
「ちょ、ちょっと、結人。」
天音は小声で、結人を制止しようとした。
「貴殿に私の修行の成果を受け止めて頂きたい。」
「待って!この人は徳が高くないし、あなたより強くないわ。修行の成果はもっと強い人にぶつけるべきよ!」
天音はなんとか戦闘を避けようとしている。
「天音、なんで止めるんだよ!成果見てやればいいじゃん。」
「この人、危ない気がする。私の予感は当たるの!」
天音は、結人と麗央奈の腕をつかみ立ち去ろうとするが、時はもう遅かった。
「では、我の修行の成果、とくとご覧ください!」
男がそう言うと、体が見る見る膨れ上がり、硬そうな甲羅が構築されていく。
「で、デカい!2階建ての住宅くらいデカい!こんなのどうするの?」
不安しかない表情で、結人は天音に助けを求める様に問いかける。
「私、何度も止めたよ。頑張って。」
「見捨てたー!」
結人は絶望感に苛まれる。
「我は、玄武族より力を授かった。
我の変身。とくとご覧あれ!」
大きな甲羅から大蛇が顔を出した様な姿。
結人は恐怖心で体の芯から震えているような感覚に襲われた。
「やるしかない。」
結人は覚悟を決めたとばかりに、拳を強く握った。
「天音、麗央奈と下ってくれ。」
(何?ちょっとカッコいいんだけど。)
「気を付けてね。」
そう言うと、天音は麗央奈の腕をつかみ、後ろに、すごーく後ろに下った。
「天音さん?そんなに下がると不安なんですけど!」
(はぁ、いつもの結人だ。)
「頑張ってー!ご褒美あるかもよ!」
「ごっ、ご褒美!うぉー!」
天音のご褒美宣言に、結人からは別人の様な覇気が感じられる。
(単純。助かるわ・・・でも、相手は完全に変身。格上よ。気を付けて。)
天音は心の中で祈る様に言った。
「さぁ!玄武族!かかって来なさい!」
ドス。
ドカーン。
結人に、長いしっぽがムチの様に炸裂する。
しっぽは大きく早く、ムチの様に動くが、まるで大木の丸太で殴られた様な衝撃だった。
結人はぶっ飛び、無数に生える木の一本に激突した。
「ぐはっ。」
グレイ族の強化も意味をなさない程の衝撃が結人の体を襲う。
「あぁ。勝てないだろこれ。次食らったら・・・アウトだな。」
グレイ族の頑丈さに守られたが、体は悲鳴をあげている。
「どっか弱点とかないのかよ。顔。首。しっぽは・・・無いか。弱点で攻撃はしないだろうし。甲羅?無い無い。とりあえず・・・スリープカケル3」
ゴン。ゴン。ゴン・・・
結人は、高速で移動しながら、手当たり次第に打撃を放つ。
「ハァハァハァ。ダメだ。どこもかしこもガチガチだ。反則だろ!」
「がはははははー!我の見込み違いであった!それとも、我が強くなりすぎたか?」
「そうだな。お前は強くなりすぎた。
またやろう!」
結人はその場を立ち去ろうと男に背をむけた。
ドカーン!
結人の行手を阻む様に、玄武族の男は尾を地面に突き刺した。
「逃がしてはくれないってか。」
「今更逃げられると思うな!お前達はここで終わりだ!」
男は雄叫びをあげる。
(さすがは結人だわ。この状況で逃げられるか試すなんて・・・無理に決まってるのに。)
天音は結人の図太さに感心していた。
「ですよね〜。何としても勝たねば・・・スリープ。」
「さぁデカブツ!ここだ!」
結人は玄武の甲羅の上に高速で移動し、挑発する。
「結人!気でも狂ったの?!危ない!」
天音が叫ぶと同時に、玄武の尾が結人へと真っ直ぐに伸びる。
「スリープ。」
ドカーン!
結人は玄武の尾を限界まで引きつけて、ヒラリとかわした。
「グハッ。」
玄武は、自分の尾で甲羅に一撃を加えてしまい、悔しそうに悶絶している。
ピキピキッ。
玄武の甲羅には、薄くヒビが入った。
「おのれ!小癪なまねを!」
「変身できても、戦い慣れはしてないみたいだな!スリープカケル3」
ゴン、ゴン、ゴンゴンゴン。
結人は、ヒビの入った甲羅に渾身の一撃を連打する。
「げっ。」
ドスン。
ドカーン。ドカーン。ドカーン・・・。
玄武が動かないのを見て、油断していた結人は、玄武の尾の攻撃に気づかず、一撃を食らい、吹き飛ばされた。
飛ばされた先の大木を何本もへし折る様に、結人は後方へ吹き飛んだ。
「グハッ。油断した・・・目の前がかすむ。」
「結人!結人!」
天音と麗央奈が駆け寄り、声をかけるが、返答はない。
結人は気を失った。