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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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7.最低な男

 彼らの睦言を扉の前で一部始終聞く間、長いようで短かった三年の想いは粉々に砕け散った。

 発情期のサルのようなダリオの息遣いに、吐き気がする。


 壁一枚隔てた向こうで、半年後に結婚する予定だった愛する人が、私の親友だったセリナを激しく抱いている……。

 

 涙をたっぷり吸い込んだ枕カバーとシーツを胸に、ひときわ高い嬌声と低い唸り声が鳴りやむや否や、私はノックもせず寝室の扉を開けた。


 目の前に飛び込んできたのは事後の上気したふたり。私のウェディングドレスをぐしゃぐしゃにウエストに巻き付け、上も下も大事な部分を露にさせたセリナと、素っ裸で彼女にのしかかっているダリオの尻だ。

 私の姿が目に入ったセリナはきゃあっ!と言って顔を両手で隠した。顔より胸と股を隠して欲しい。

 ダリオは振り返ると真っ青な顔で目を見開いた。


「な、なんで……」


 静かに部屋を見渡し、どう見ても言い逃れは無理だろうという状況を確認してから、私はダリオに尋ねた。


「……ダリオ、これは一体どういうこと?」


 声が、掠れた。

 目の前の男は、青ざめた顔のまま数秒沈黙し――はぁっと天井を見上げて息を吐くと態勢を変え、無言のまま床に落ちていたバスローブを羽織った。

 気怠そうにベッドの端へ座ると、髪をかき上げながら冷たい目で私を睨んだのだ。


「……見てわかんねえの?」


 その態度に、私は息を呑んだ。魔が差したんだ、すまなかったリュシア……そんな言葉を口にすると、どこかで思っていた。まさか開き直るだなんて。


「どうして……? どうしてなの? 私たち、半年後に結婚するのに」


 ダリオは私が胸に抱えるシーツに目を落とし、舌打ち混じりにため息をつき……続けられた言葉は思いもよらないものだった。


「もういいだろ、そういうの」

「……え?」

「おまえ、最近ほんとうるさかったよ。仕事だ家計だって詰めてきて。そもそも俺は自分の意思でこの家に入ったわけじゃねえし」

「そんな……! 私たち、うまくいってたじゃない……」

「そう思ってたのはおまえだけだろ? 拾っただの、世話させてだの言ったのはおまえじゃないか。俺は断ってもよかったんだからな?」


 どくんと、心臓が跳ねた。

 

 ダリオがこんな人だったなんて……。三年の間に積み重ねた時間はなんだったの?


 「ほら、もう少しで歩けるようになるよ」そう言って、ダリオの脚に巻いた包帯を取り換え、あなたの脚を揉んだわ。

 不機嫌そうに顔をそむけるダリオにスープをつくり続け、励まし続けた日々を忘れてしまったの?

 ダリオがまた前を向けるように、脚を治してまた活躍できるように、あらゆる面で支えてきたつもりなのに……。それが恩着せがましかったってこと?

 

 だとしても、結婚式を半年に控えたこのタイミングで、私のウェディングドレスを着せて情事に耽るだなんて、人として最低過ぎる。

 

 私は顔を隠したままのセリナへも視線を向けた。


「……セリナ、ひどいよ……友達だと思っていたのに……」

「……」


 もうバレているのに、まだ取り繕えると思っているんだろうか。


 男爵令嬢から平民になり、学園で一人ぼっちでいた私に「リュシア、あんたってさ、ほんと変なとこで真面目よね」って、声をかけてくれたセリナ。

「……褒めてる?」と怪訝そうに尋ねた私の手を握り、「私が味方でいるから大丈夫よ」とほほ笑んでくれたあの日。どれだけ心強かったことか。

 それなのに、たった数年で、私たちの友情は粉々に砕け散ってしまったのね。

 

 人を見る目がなかった自分が情けない。

 もう、ダリオともセリナともおしまいだ。もはや修復できないし、お互いに歩み寄ることはないだろう。


「……二人とも、早く出てって。今すぐ」


 唇が震えて、それでも絞り出した声だった。けれど、ダリオはそんな私をあざけ笑うと冷たくねめつけた。


「は? 出てけって……おまえ、ここを誰の家だと思ってんの?」

「……え?」

「この家の名義、俺だぜ? 家を建てる時、建築会社の知人に頼んで、ちゃんと書き換えたんだ」

「そんな……そんなはず……! だって、お金は全部私が……!」

「そりゃ出したのはおまえだよ? でも名義は俺。まあ、俺って信用あるし? はじめから俺の家なんだよ」


 ふっと笑って、肩をすくめたその顔。

 ダリオがひどく遠くに思えて、見知らぬ人のようだった。


 信じられない……両親が遺してくれた遺産をつぎ込んだ新居が、私のものじゃない……? 将来生まれてくる子どものため、幸せな未来のためにと……。

 

 目の前がぼやけた。私の落ち度だ。契約書の類はしっかりしなくちゃダメだよ、商売する上で大切なことだからねって、父も母もいつもそう言っていたのに……。


 もうこれ以上出ないと思っていた涙がこみ上げてきた。だけど、ダリオの前で泣きたくない。

 胸に抱えるシーツをぎゅっと握りしめた。鼻先がツンとする。

 

「ねえ、私が編んだブレスレット。……今、持ってる?」


 ダリオは一瞬だけ面倒そうな顔をした後、サイドテーブルに丸めてあった布を投げてよこした。


「それな。いちいち引っかかって邪魔だったんだ」


 床に落ちたそれを拾う瞬間、指先が一瞬だけ震えた。かつて騎士団を追われ、ダリオがまだ杖を手放せなかった頃、その回復と再起を願い縫い込んだ文様はほつれかけていた。

 私はブレスレットを握り締めると震える足を叱咤し、寝室を後にした。


 納戸に入れてあった古いスーツケースを引っ張り出し、引き出しの奥にしまっていた通帳と身分証、一週間分の下着や身の回りのものを詰めていく。


 見渡したリビングには散乱する脱ぎ捨てた男女の服。


「……」


 私は玄関にスーツケースを置くと、床に落ちていた服をひとつずつ拾い上げ、最後に薄桃色の布も回収した。


 それらを片手で抱え、スーツケースを抱えながら店に向かって歩き出す。泣き腫らした顔で騎士服とワンピースを手にし、まっすぐ前を見つめる私は異様だろう。周囲の目が集まるのを感じるけど、気にしている余裕はない。


 大通りを進み、お目当てのボックスがある前で止まると蓋を開け、騎士服とワンピース一式を突っ込んだ。

 街に設置されている、困窮者への支援物として自由に持ち帰りができる寄付箱だ。薄桃色の布はさすがにダメだと思ったので、近くにあったゴミ箱に投げ入れた。


 騎士服に王宮の侍女服。支給品が世の中に出回ったことで、二人ともこっぴどく怒られてしまえばいい。

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