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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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49.新生アルフェネ商会

 その後、私は大奥様の有難い申し入れを受け入れることにした。


 再び戻って来たアルフェネ商会。一度は失ってしまったからこそ、愛着もひとしおだ。ネルさんの配慮もあって数名の従業員とともにオープン準備に向けて掃除や棚卸を行うと同時に、大きく改装をすることにした。


 新生アルフェネ商会は、今後刺繍サロンとしても開放する。


 お茶を飲みながら刺繍をしたり、コミュニケーションを取ったり、技術力の高い方を講師として招いて、小さな教室を開くのもいいと思う。苦手な人から上級者までレベルはさまざまだし、地方によって特色のある刺繍をする地域もあるから、新しい技術も広まっていくかもしれない。


 再オープンを果たしたアルフェネ商会は、初日から多くのお客様で賑わった。

 そして、店舗を持たないクラヴァン・トレード商会の品を購入できる店舗としても大人気に。これはネルさんの配慮だ。


「リュシアちゃん、再オープンおめでとう。あなたに会いたかったわ」

「アルフェネ商会が戻ってきてうれしいよ。これからまたよろしくね」


 何十年も通ってくださったお客様たち。中には私が物心つかない頃からの常連様もいる。滲む視界をこらえ笑顔で接客する私を、お客様たちは温かく迎えてくれた。


「頑張ったな、リュシア」

「ネルさん……。本当にありがとうございました」


 隣を見上げれば、優しく微笑んでくれるネルさん。私はにっこり笑って、新しいアルフェネ商会で頑張ろうと心に誓ったのだ。


 *


「リュシア先生~。わたし、好きな男の子にししゅうしたハンカチをおくりたいの」

「あら。それじゃあ、恋が叶う刺繍を教えてあげるわね」

「え~、先生、わたしにもおしえて~」

「ふふっ。図案は教えてあげるけど、恋が叶うかどうかはあなたたちの想い次第だからね」


 今日は刺繍を始めてまだ間もない低年齢の子向けの刺繍教室だ。教養としてやらされるのではなく、趣味として好きになってくれればいいな、と思いながら五人の少女たちとテーブルを囲む。


「それじゃあ……小さなロベリアの花が連なるかわいらしい図案を教えてあげるわ」


 広げた布に下絵を描く様子を、少女たちが目を輝かせながら覗き込む。


「わあ、リュシア先生、この図案かわいい!」

「お星さまがつらなっているみたい!」

「ふふっ。かわいいでしょう? “いつもあなたのそばに”っていう恋のおまじないの図案よ。みんなの大切な人をお星さまが見守ってくれるように想いを込めて大切に針を刺してね」


 少女たちは思い思いのカラフルな刺繍糸を選び、真剣な顔で刺繍を刺していく。安全に針を持てるように手の位置を直したり、綺麗な形になるように刺す位置を調整してあげたりする様子に、少女たちのお母様や買い物に来たお客様たちが目を細める。


「まあ。アルフェネ商会は刺繍教室も始めたのね」

「教室代は無料なんですって。リュシアちゃんったら商売っ気がないんだから」


 耳に届くその声に苦笑しながら、ひとりでも多くの少女たちが、刺繍を好きになってくれればいいな、と思う。

 淡い恋心に向き合う少女たちの真剣さに押され、質問や助けを求める声に忙しくしていた私。だから、刺繍教室をじっと見ていたネルさんには気がつかなかったのだ。



 教室が終わり片付けをしていた私の下へ、ネルさんがやってきた。


「リュシア」

「ネルさん。そろそろクラヴァン・トレード商会へ戻られますか?」


 ネルさんはアルフェネ商会を気にかけてくれ、毎日のように顔を出してくれる。今日もそろそろ向こうに戻って自分の仕事をするのかな、と思ったのだけど。


「しばらく来れないけど……次に来るときに、話があるんだ」


 真剣な表情に胸がちくりと痛んだ。王族としての責務があるんだろう。巷では隣国から使節団がやってくるという噂がある。その中には、ネルさんを長年想い続ける王女も含まれているのだとか――。


 年齢的にもネルさんはとっくに婚約者がいてもおかしくない。しかも王族だ。

 唯一未婚の王子として、その伴侶が誰になるのかが近頃注目の的になっていることを知っている。

 長く留学していたネルさんはその容姿が知られていないこともあり、ここにいるネルさんがエルネリオ殿下だということを知っている人はいない。だけど、もし王女様と婚約が決まったらその様子が新聞で一気に広まるだろうし、こんな風に気軽に商会へ顔を出すことは難しくなるだろう。


 それに……ちらっとその顔を見て、きゅっと下唇を結ぶ。


 ネルさんは、かっこいいもの。きっと王女様はネルさんが他の女性と接触するのを嫌がるはずだわ。仕事ぶりを知らない人からすれば、ヤキモチを焼いてしまうだろうな、と思う。


 ――もし、ネルさんが王女様と正式に婚約をすることになったら……距離感を間違えないようにしないと。あの寮からも出て、新しい家を早く探さなくちゃ。

 ネルさんはもう来ることはないとしても、いつまでもあそこでお世話になるわけにはいかない。忙しさにかまけて後回しにしてしまっていたけど、潮時だと思った。


 私はネルさんに「はい、それじゃあ待ってますね」と笑顔で答え、明日は新居を探しに行こうと決意した。

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