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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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48.祝福の恩返し

 地方都市・グラーナ。王都から馬車で丸二日かけてやってきたここは自然が豊かな地であると同時に、鉱山都市として栄えた歴史があるらしい。

 賑わう街の喧騒から離れてしばらく馬車を走らせると、地方の貴族たちに人気だという別荘エリアにやってきた。森林の香りがする静かなこのエリアは、近くに湖畔もあって家督を譲った老夫婦などに人気なのだとか。


 私はネルさんとともに、ある一軒の豪奢な洋館の前に到着した。

 大きな別荘が並ぶこのエリアの中でも突出して大きい。旧アルフェネ商会を買い取った方はかなりの資産家らしい。

 商売で大きくしてきた方なら、旧アルフェネ商会のあの建物を使って、何かビジネスを始めようとしているのかもしれない。それか、以前のように布や素材を売る店を復活させて、商売を広げようとしている……?

 

 なんとか、買い戻しさせてもらえないだろうか。多少金額を吹っ掛けられても、お金は工面したい。それに法外な金額なら、隣にいるネルさんが黙っていないはずだから、市場とかけ離れた金額なんてことにはならないと思っているのだけど……。


 あれこれ想像してみるも、先方の願いが何なのかわからず緊張する。


 案内されたのは美しい庭園が一望できるバルコニー。緑に囲まれたそのテーブルには、上品な老婦人がひとりで座っていた。隣にいる侍女らしき方が、彼女の耳元で何かを伝えると、にっこりと口角を上げた。


「……ようやく、会えましたね。あなたには、ずっと感謝していたのよ」


 隣にいるネルさんを仰ぎ見るも、小さく首を振っている。ネルさんにも何のことなのかわからないらしい。


「失礼します。私はクラヴァン・トレード商会のネルと申します。本日はファルケス産業のご当主、アルトリア・ファルケス殿にご挨拶に伺ったのですが」


 老婦人が微笑むと、侍女が私とネルさんに席を薦めた。ネルさんに続き腰を下ろすと、老婦人は遠くを見つめながら話し出した。

 

「彼には街の方に用事を言いつけておりますの。だから、代わりにわたくしが対応します」

「あなた様は……?」

 

 ネルは少しだけ眉を顰めた


「普段は人前に出ないのだけど……リュシアさんのお話を伺って、これはわたくしが対応しようと判断したの」


 そう言うと、老婦人はリュシアへ顔を向けた。


「これは、わたくしからあなたへの贈り物です」


 差し出された封筒。ちらっと隣を見ると、ネルさんが頷いた。

 

 恐る恐る手に取り、中身を確認する。そこには商会の土地と建物権利証。確かに、これを買い戻すために来たのだけど……?

 そう思いながら書類に目を走らせ、はっとした。私の手元を覗き込んだネルさんも、小さく息を呑むのがわかった。


「あ、あの……これ、持ち主の覧が……私の名前になっているようですが」

「ええ。あなたにはいつも感謝していたの。これは、老い先短いわたくしからの贈り物だと思って受け取って頂戴」

「え……? そんな、いけません! あの、ちゃんとお金はご用意します。お支払いできるだけの資産が、こう見えて私にもあるんです。その、もし足りなければ分割や借入も検討していただければ、必ずお支払いします。だから金額をおっしゃっていただければ――」


 慌てふためく私の言葉に、老婦人は首を小さく振った。


「申し訳ないけど、その程度のお金はわたくしにとって微々たるものよ。それなら、商会を買い戻したら、あなたのその刺繍技術をもっと多くの方にもっと伝えてくれないかしら」

「刺繍技術を、ですか」

「ええ。あなたのような職人が増えたら、うれしいことだと思うわ。これはその支援だと思って受け取ってくれないかしら」


 高位貴族がパトロンとして芸術家に支援をしたり、教育の普及のために私財を投入したりすることは珍しくないけれど……。

 彼女は刺繍がよほど好きなんだろうか。

 

「あの、あなた様は一体……」

「……グラーナの大奥様、ですね」


 ネルさんが隣でつぶやいた。グラーナってことは……グラーナ伯爵家の大奥様?


「ふふっ。こんな地方の小さな領のことまで、……さすがね」


 老婦人はもしかして、ネルさんの本当の身分を知っているんじゃ……なんだかそんな気がした。「リュシアさん」と呼ばれ、顔を上げたそこには、優しい笑みを浮かべた大奥様。


「ようやく、あなたにお返しできて嬉しいのよ。わたくしの孫も、あなたの針には随分助けられたわ」


 その手元に見えたハンカチ。

 

 深い藍色の縁取りに、うねる金糸で織られた蔦、濃青から白へのグラデーションが美しい青燕の特徴的な家紋。


 ――まさか。


 はっとして大奥様の顔を食い入るように見つめた。

 白く濁った瞳、遠くを眺めるような視線。その瞳には、何も映していないことに気がついた。


「糸守人よ。長い間、わたくしの代わりにたくさんの祝福をありがとう。孫たちはみな幸せに暮らしているわ」

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