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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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45.ネルとして

 ネルさんが重厚な扉の前に立つと、両脇に控える護衛たちがすぐに取り次いでくれた。


「どうぞ。宰相補佐がお待ちです」


 ――宰相補佐。先触れもなく、何の約束もなく、ネルさんは宰相補佐に会える身分なのだと思うと、指先が冷えた気がした。


 執務室の扉をくぐった先には、重厚な調度や豪奢なカーテン、空気さえ規律を守るような静けさが広がっていた。

 大きな執務机に腕を組みながら寄りかかる男性。その気品と風格で、目の前で微笑んでいるこの男性がきっと宰相補佐だろうと思い至る。きゅっと眉間にしわが寄ったけど、ソファに座るマティルダの姿を見つけた途端、すべてがほどけた。


「マティルダ……!」


 駆け寄ると、いつものように落ち着いた笑みを向けてくれた彼女は、私の手をごつごつした手で挟んだ。


「リュシア……。あんたって子は言いつけ一つ守れないのかい? こんなとこまで一体どうやって……」


 私を叱る呆れと優しさが混ざった声に、胸が締めつけられた。早く、ここからマティルダを連れ出したい。

 ぎゅっと唇を噛み締め、覚悟を決める。私は宰相補佐と思わしき男性へ顔を向けた。


「……私が本物の糸――」

「待て、リュシア」


 言いかけた言葉を、ネルさんが遮る。真剣な目が私から宰相補佐へ向けられた。眉を上げた彼は、ネルさんに向かって微笑んだ。


「エルネリオ。糸守人に会いたいと言っていたが、耳が早いな。で? そちらのご令嬢は?」

「……エルディオス兄さん」


 そのやり取りがされた瞬間、頭が真っ白になった。


 ――エルディオス殿下は第二王子のはず。ネルさんの本当の名前はエルネリオ? それって長く留学していてベールに包まれた第四王子じゃ……?


 自分の中でネルさんが高位貴族かもと疑ったことは何度もあったし、確信はあった。だけど、まさか王子様だったなんて。

 私は顔を伏せ、深く息を吐き出した。視線を上げ、エルディオス殿下をまっすぐに見つめる。


「殿下。マティルダは――高齢の彼女は体調が思わしくありません。連れ帰ってもよろしいでしょうか」

「一緒にお茶でもと思ってお呼びしたんだが……」

 

 私たちを見渡した彼は、少し間を置き頷いた。


「マダム・マティルダ。ご家族が心配しているようだし、仕方がない。弟もなぜか怒っているようだし、今日のところは帰っていただいて構わないよ」

「……それでは、帰らせていただきます」


 そう言ったマティルダの手を取り立ち上がらせると、私は彼女を支えながら部屋を出た。政務塔を出るまで一度も振り返ることなく、馬車にマティルダを乗せ、私もそれに続こうと足をかけた時だった。


「リュシアッ、待ってくれ」


 振り返ると息を切らして走ってくるネルさん。ああ、こうして見ると彼の紫紺の髪はエルディオス殿下と同じ色だった、と今さらながらに気づく。王家は紫紺の髪が多いと知っていたのに、なぜ今まで気がつかなかったんだろう。


「はぁ……、はぁ……、リュシア。話を――」

「高位貴族だって、なんとなく感じてはいました。だけど……王子様だとは思いませんでした。一緒に働かせていただけたこと――すごく光栄です」


 ネルさんの言葉を遮るように、早口に感謝の言葉を口にする。


「今日まで、たくさん助けていただき、ありがとうございました……エルネリオ殿下」


 その言葉に、ネルさんは一瞬硬直し、険しい目を向けてきた。


「……エルネリオ殿下? 本気かよ」

「立場をわきまえるべきだと思いました。今後は必要以上に関わらないように――」

「リュシア」


 ネルさんの声が鋭く響いた。私は目を伏せたまま、ネルさんの顔を見られなかった。どんな顔をして向き合えばいいのかわからない。


「俺は“ネル”だ。リュシアがそう呼んでくれたから、自分をさらけ出せたんだ。それを今さら殿下なんて呼ばれて、……俺はどう応えればいいんだよ」

「でも、事実です。エルネリオ殿下は王子様で、私とは何もかも違う世界の人で――」

「違うのは肩書きだけだ。俺は王子って肩書きを隠してたんじゃない。ただ、“ネル”として、おまえと一緒にいたかっただけだ」


 ひりつくような沈黙に、言葉が詰まる。ネルさんの声は、傷ついたような色を帯びていた。


「……俺が王子だって知って名前も呼べなくなるんなら、リュシアは最初から“肩書き”しか見てなかったってことだよな。それって、すげえ悲しい」

「っ……」


 確かに、これじゃあネルさんを肩書きで判断していることになってしまう。彼は身分に関係なく、誰にでも平等に手を差し伸べてくれるのに――。


「…………ごめんなさい。私が浅はかでした。ネルさんの気持ち、……ちゃんと考えてませんでした」


 そうは口にしてはみたものの、これからどう接していけばいいのかよくわからない。

 

「リュシア、俺を見ろ」


 その言葉に顔を上げる。そこには真剣な顔をしたネルさん。


「俺はリュシアの前では殿下なんかじゃない。ネルとしておまえの前にいるんだ。だから線を引こうなんてしないでくれ」

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