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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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43.リュシアですって?(第二王子妃Side)

 第二王子妃――シェリル・エリザナスはふわりと立ち上るローズティーの香りを楽しみながら、向かいの席に座るリュシアに目を落とした。


 ――なるほど。着飾ってはいないけれど、顔立ちの造りが良い。骨格も肌も、土台が整っているから清潔感だけで印象が高いわ。ティーカップを持つ所作も悪くない。控えめだけれど礼儀も自然で、品は備わっているわね。

 それにしても、あの髪。珍しいピンク色だしもっとお手入れすればいいのに。あと少しだけオイルを塗ってまとめてあげれば、王宮内を闊歩するご令嬢にだって負けない艶になるわ。

 

 ……彼女の名がリュシアと知って、驚いた。

 最近、エルネリオに特に親しくしている女性が従業員の中にいるという報告が密かにあったけど……、その子もリュシアという名だと聞いている。


 思わず、口の中に笑みが広がるのを制しながらローズティーに口をつけた。間違いない。目の前のこの子だ。


 夫であるエルディオスが、エルネリオにタウンハウスを一軒、ぽんと譲渡したという話を覚えている。

 そこへ誰かを住まわすのはエルネリオの自由だし、あの子はお人好しだから困っている人を見れば手を差し伸べるとは思う。だけど、自分の宮殿にお菓子作りを頼んだとなると、導き出される答えはただ一つ。


 ――エルネリオはこのリュシアという子を気に入っている……!

 

 だから、何気ない風を装って訊いてみた。


「あなたの理想の男性は?」


 リュシアは少しだけ目を見開き、じっと考えてから真面目に答えた。

 思いやりがあって、仕事に一生懸命で、女性に優しい人ですって?

 

 ――ええ、ええ。全部、うちのエルネリオに当てはまるわね。


 口角が持ち上がるのを止められない。うっかり口元に笑みが滲み出てしまうのを、扇で隠した。

 けれど、リュシアの次の一言で、世界が一瞬止まった。


『……身分が釣り合う、居心地のいい方が理想です』

 

 カップを置いた指が止まり、扇を閉じる音が静かに響いた。


 ――エルネリオが第四王子だって、知っていて言ったのかしら。それとも、知らずに口にしたのかしら。


 彼女が帰った後もその場で考えながら、ティーカップの縁に口をつけたときだった。庭園の入口からこちらへ向かってくる集団に、ため息を飲み込む。


 ――あらあら。相変わらず、耳が早いこと。


 案の定、現れたのは第三王子妃アニス。ふんわりとしたドレス、柔らかな声。まるで人畜無害で、微笑み人形のような愛らしい義妹。


「お義姉様、珍しいお客様が来ていたそうですね。急いで来たんですが、もうお帰りになったみたいで残念ですわ」


 私は扇を軽く開きながら、そっと口元を覆う。


「耳が早いわね」


 ――誰が知らせたの? うちの宮殿に第三王子妃の間諜でも潜んでいるのかしら。


 視線を侍女たちへ流すも、ぴくりともせず頭を下げたまま。

 アニスは、うふふ、と笑った。


「ご安心ください。セリナ・ドエルの滞在している宮殿に何人か、だけですわ。お義姉様のところへ忍び込ませるなんて、そんな無作法は致しません」

「……」


 私はその言葉に、無言でティーカップを置いた。彼女は微笑んだまま、首をかしげる。


「それより、あまり勝手なことをすると……エルネリオが怒りますわよ」

「あら。わたくしはただ、わがままな偽聖女に呼ばれたあの子が気の毒で、薔薇で癒していただけよ」

「それならいいんですが」


 頬に手を当ておっとりと首をかしげる三王子妃。まったく、王宮は食わせ者ばかりでうんざりする。


 それより……リュシア・アルフェネはいい子そうなのに、エルネリオとは縁がないようで残念だわ。


 *


 その頃、カフェ・ミルフィユの窓には、昼下がりの光が差していた。マティルダは棚の奥で帳簿を整理していたが、遠くから響く足音に、ふと手を止める。


 ――また来た。


 扉を押し開けて入ってきたのは、王宮の調査官ロセル。彼の眼差しはいつも以上に鋭く、背中に続く部下の動きにも焦りがにじんでいた。


「本日こそ、糸守人にお目通り願いたい。これは宰相補佐たってのご要望だ」


 その言葉に、マティルダは静かに息を吐いた。あらゆる理由で断り続けてきたこの要求。でも、今日の彼は違った――切羽詰まった目。いい加減、エルディオス殿下の期待に応え、成果を出したい焦りがにじんでいた。

 

 もしも今日断れば八回目。すでに彼らの面目は潰している。これ以上の拒絶はあの子に望まない形を招いてしまうかもしれない――マティルダはそれが不安だった。


 娘夫婦が対応に苦慮している背後から、マティルダが調査官ロセルに向かって答えた。


「私が、糸守人だ」

「あなたが……! ふぅ……。ようやくお会いできましたな。では、一緒に王宮へご同行願う」

「杖を取ってくるから、少しお待ちください」


 そう言うと、マティルダは店の奥にある作業室へ入り、一通の封筒を机の上に置いた。いつか、こんな日が来た時のためにと用意していたものだ。

 針も糸も持たず、帽子だけを被り、マティルダは杖をつきながら作業室を後にした。


 机の上には、“リュシアへ”と書かれた封筒だけが置かれていた。

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