3.友達のために
ダリオが少しずつ回復し始め、散歩や買い物に出かけられるようになる頃――セリナの滞在頻度はぐっと上がるようになっていた。
「お茶、勝手に淹れていい?」
「どうぞ。あ、でも、ダリオの分は……」
「もう出しておいたわ」
ダリオの脚が悪いこともあり、自宅に商会の仕事を持ち込むようになっていた私。
仕事部屋に閉じこもっている間、リビングからは時折二人の楽しげな声が漏れてくるようになった。笑い声が混じるその様子は、どこか心地よさそうで、昔から知っている音のように響いていた。
ひと段落がつき、休憩をしようと扉に手をかけた私は立ち止まった。
「でさ、そのとき本当に焦ってさ、扉、蹴り壊しそうになったんだよ」
「え~、扉って蹴って壊せるものなんですか? ダリオさんって強~い」
「ははっ、騎士なら当然さ」
わざと大げさに話すダリオに、セリナが肩を揺らして笑う様子が目に浮かぶ。会話のテンポがよく、二人だけでずいぶん盛り上がっている。
私は静かに胸に手を当てると深く呼吸をして、開きかけた扉をそっと閉じた。
なんだか、胸の中がモヤモヤしてどうしようもない。友達に嫉妬するなんてみっともない、ダリオは恋人なんだから彼のことをもっと信じなくちゃ――。
心の中ではそう思うのだけど……。
彼女は私が仕事で忙しくて、ダリオがかわいそうだと言っていた。だから私が話し相手になってあげる、と。
確かに彼女が来てくれるようになってからダリオは明るくなったと思うし、これはいいこと……なんだよね。
「セリナだって良かれと思って来てくれているのに。私ったら、心が狭すぎるわ」
そう思っていたある日。台所へ向かうと、微かに低い笑い声が聞こえた。楽しそうな会話に自然と足が止まる。
扉を開けかけたとき――その隙間から、二人の姿が見えた。
ダリオは椅子のそばに立ち、セリナが彼の手にそっと触れていた。まるで支えるような、あるいは……何かを耳元で囁いていたような距離感。
私に気づいた瞬間、二人は弾かれたように離れた。ダリオがバランスを崩し、壁に立てかけていた杖がカランと転がった。
「っ、大丈夫!?」
私は思わず駆け寄り、彼の腕をそっと支えた。
ダリオは動揺を押し隠すように、私の顔を見て微笑んでいた。
「心配かけて、ごめん。ちょっと足の感覚が……。でも、大丈夫。セリナが手を貸してくれたから」
セリナへ振り向くと何も言わず、そっと視線を逸らした。
私はうなずきながら、床に転がった杖を拾い上げる。
その場はそれきり、何事もなかったように流れたけれど――胸の内には、言葉にならない小さな痛みが残った。
二人の距離や目の動き、微かに残る体温。
それは私の思い過ごしと言い切るには、あまりにもはっきりと焼きついていた。
*
「……またリハビリ代?」
ダリオが家で暮らしはじめ、二年が過ぎようとしていた。
仕事から帰ってきたばかりの私に、ダリオはソファの背にもたれたまま片手をひらひらと振る。
「悪いな。今回はちょっとだけ高くてさ。先生が集中的にやるなら月払いっていうもんだから。効果あるらしいんだよ」
「……わかったわ。じゃあ明日、出勤のときに渡すわね」
「おう、助かる」
ここ最近のリハビリ代の請求は、平民の一か月の賃金をゆうに超えている。店の売り上げに手をつけるわけにはいかないし、私はコツコツと貯めた貯金を少しずつ切り崩しながら彼に渡すようになっていた。幸いにも忙しくてお金を使う暇がなく、生活費を工夫すればなんとか捻出できるのだけど……。
数日後、事務所で仕事をしていた私の元へ、従業員の青年が気まずそうにやってきた。
「リュシア様……その、さっき通りで、ダリオ様が……あの、昼間から知人の方と……ああ、いえ、すみません」
「……何か見たの?」
「酒場の前で……脚、問題ないように歩いてらっしゃいました。笑いながら」
――どういうこと? 家では彼、まだ脚を引きずっているのに。
私はかすかに目を伏せ、「調子がよかったのかも」とだけ答えた。彼の見間違いかもしれないし。……きっとそうよ。
この時、ダリオを問い詰めていればよかったのだけど、その頃の私はプロポーズをされたばかりで。幸せの絶頂にいるこの気持ちを壊したくなかったし、ダリオの機嫌を損ねたくない一心で、勇気が出なかったのだ。