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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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29.代償(ダリオSide)

 ――くそっ。なんだって王宮騎士が出てきたんだ?


 ちょっとリュシアと話がしたかっただけなのに、俺は王宮にある騎士塔の地下層――懲罰室に押しやられていた。石壁に囲まれた静かな室内。主に罪を犯した騎士が懲罰を与えられる不名誉な場所だ。

 すっかり酔いも醒め、状況が悪いことを肌で感じる。硬い椅子に腰を下ろすこともできず、うろうろと歩きながら何度も額の汗を拭った。


「ただ……会いに行っただけじゃねぇか。あれぐらい……ちょっと酔ってただけで……」


 言い訳を繰り返す声を石壁が跳ね返し、冷たく宙を漂う。リュシアと話がしたかっただけだが、客観的には民間の商会で騒ぎ、女性に手をかけようとした事実に代わりはない。そのうえ、衆目の前で衛兵ではなく王宮騎士隊に取り押さえられた。自分は騎士であるというプライドが粉々だが、怒りよりも得も言われぬ焦燥が頭の中を駆け巡る。


 ――冗談じゃない。三年かけて怪我から復帰し、また華やかな世界に戻れたんだ。騎士の肩書きを捨てるわけにはいかない。


 セリナに捨てられヴェレド商会も吹けば飛ぶような状態の中、騎士の称号まで失うわけにはいかない。俺は落ち着かず、再び室内を歩き回っていた。


 その時、扉が静かに開いた。


「ダリオ・ヴェレド」


 名を呼ぶ声が冷えていた室内をさらに引き締める。現れたのは、濃紺の軍衣に身を包んだ男――第三王子エスファレイン・エリザナス。


 王族の血を引きながらも、鍛錬と実績で騎士たちを率いる男。剣技は卓越し、冷静な戦術眼で王宮警備全体を統率している。が、一騎士の処遇に口を出すような人ではない。


「な、なぜ、あなた様が……?」


 その姿を遠くから見たことはあったが、俺のような一般騎士では直接話をするような機会もなく。こんな状況でなければ、名を呼ばれたことは誉れだったはず。

 俺は顔が青ざめていくのを感じた。はっとして、思わず背筋を正し敬礼する。


「……エスファレイン、殿下」


 エスファレイン殿下はゆっくり歩み寄ると、真正面から俺を見下ろした。


「懲罰室へ連れてこられるような真似をした者が、まだ“騎士”の真似事をするか」

「……じ、自分は、ただ……」

「“ただ”が許されるのは、民の迷惑行為までだ。だが、君は王宮騎士の名を背負いながら、王都の民に恐怖を与えた」


 低く、冷ややかな声が言い訳を許さないという空気を醸し出す。その圧倒的威圧感を前に言いたい言葉が喉につかえ、出てこない。


「君の振る舞いが、王宮騎士全体の信用を損ねたこと。――その意味を、本当に理解しているのか?」


 俺は声を出せなかった。

 

 エスファレイン殿下は手元の報告書に目を落とし、分厚いページをめくると目を細めた。室内の空気がさらに薄く、冷たくなったことを肌で感じ、緊張で身体が強ばっていく。


「クラヴァン・トレード商会の前で起こった出来事は“王家の影”たちを通じてすでに把握している」


 ……なんだって? なぜ、王家の影があの場に……?


「加えて、君が提出した騎士服の再支給申請についても確認が済んでいる」


 その言葉に、喉が鳴った。


「破損理由。“任務中の裂傷”とあるが、実際には民間の寄付箱から発見されている。まだ新品同様だったようだが」


 くそっ! リュシアのやつ……! てっきり燃やすか捨てられたかしたと思ったのに、よりにもよって寄付箱に入れてたなんて!


「……あ、あれは……誤って――」

「誤って脱ぎ捨てたのか?」


 声は抑えられていたが、背筋を凍らせる温度だった。


「……君はどうやら、騎士としての誇りだけでなく制服まで脱ぎ捨てたようだな」


 顔を見ずとも、エスファレイン殿下の冷ややかな視線を全身に感じ、冷や汗がにじみ出た。


「一度は、君の復職を喜んだ者もいた。だがそれは、剣を持つに足る者と信じたからだ。騎士としての責任も、それをまとう責任も、すべて忘れたのか?」


 俺はこの場をどう収めようか返す言葉を探したが――見つからなかった。


「騎士として名を連ねた者が、民間の商会で暴れ、女性に暴力を振るおうとした。しかも、自ら脱ぎ捨てた騎士服を申請の嘘で取り繕った。――これが、君の積み上げた騎士道か?」

「その、お、俺は……」

「君の行動は、王宮騎士団の信頼を損ねただけでなく、“誇り”という概念そのものを愚弄した。復帰に要した三年が惜しかったか? ならばその三年が、君には過ぎた栄光でしかなかったということだ」


 エスファレイン殿下は一歩だけ近づき、俺に低く告げた。


「ダリオ・ヴェレド。本日をもって王宮騎士の職を剥奪する。今後、騎士服をまとうことも、王の名で剣を振るうことも許さない」

「そ、そんな……」


 静かだった室内が、その一言で氷のように凍った。


「解雇の旨は文書として後日通達する。君の剣は、もはやこの国には不要だ」


 エスファレイン殿下が背を向けた瞬間、俺の膝が音を立てて石の床に沈んだ。

 懲罰室の扉が無言で閉じられた。

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