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元婚約者に全てを奪われたので、祈りの刺繍で人生立て直したら雇い主がまさかの王子様でした!?  作者: 魯恒凛


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28.招かれざる客

 昼下がりの穏やかな帳簿整理を、怒鳴り声が引き裂いた。

 腹の底から叫ぶような声に、作業をしていた手が止まる。驚きのあまり肩が揺れ、心臓が嫌な音を立てた。


 ――ダリオ?


 顔を上げると、事務所に居合わせたのは元アルフェネ商会にいた従業員。彼女も声の持ち主が誰なのか、すぐに気づいた様子。声のする方を青ざめた顔で見ている。この様子だと、職人たちがいる裁縫室にも声が届いているだろう。

 ……もしかして、辞めた従業員がここにいることへの抗議だろうか。


「なんだってまた……」


 ――ネルさんとヴィスさんがいない時に……どうしよう。


 倉庫の入口で大騒ぎをしているのなら、商品の搬出入に来た運搬人たちを困らせているかもしれない。私は事務所を出ると喧騒の中心へと小走りで向かった。

 向かった先には案の定ダリオ。胸元はだらしなくはだけて、どこか酒臭く、目は血走っている。


「……何を騒いでいるんですか?」


 ダリオは私の姿を見つけると顔から怒りが消え、にやにやとうれしそうな表情へ変わる。


「リュシアっ! 俺が、おまえのために、来てやったぞ!」


 ふらふらと近づいてくるダリオ。無駄に大きい体のせいで威圧感があって怖い。

 後ずさる私に腕を伸ばそうとし、従業員たちが慌てて駆け寄る。


「すみませんが――」

「触るな! おれはこいつの元婚約者だぞ!」

「あなたとは、とっくに終わっています」


 自分でも思っていた以上に冷え切った声が出た。


「セリナはどうしたの? 結婚するんじゃなかったの?」


 静かに問いかけると、ダリオは唇を歪めた。


「チッ、あんな薄情な女、こっちから願い下げだ! 金ばっか掛かるし、わがままだし……結局のところ、俺にはおまえみたいな尽くす女が合ってるんだよ」

「……」

「どうせまだ俺のこと、好きなんだろ? わかってるよ、おまえのそういう情に厚いところ」


 笑いながら頬を触ろうとするダリオに鳥肌が立ち、さらに一歩、身を引く。周囲の従業員たちは止めようとしてくれたけど、ダリオは酔いもあるのか大きな声で叫び続けた。


「リュシアは俺の女だ! 商会なんてやめさせてやる!」

「ちょっと、やめてください! リュシアさん嫌がっているじゃないですか!」

「ははっ! おまえら商人が騎士に勝てるとでも?」

「ほぅ……俺たちでもおまえに敵わないと?」


 背後から力強い声がかかった瞬間、倉庫の隅から屈強な男たちが数名が飛び出してきた。クラヴァン・トレード商会の運搬責任者たちだ。ダリオより一回り大きい男たちがその周囲を取り囲み、あっという間に彼を制圧した。


 地面にうつぶせにさせられたダリオ。背中に回された腕に顔をしかめながら、顔を真っ赤にして喚き散らす。


「このやろ! 離せ! 数人がかりで卑怯だぞ!」


 「これだけの迷惑をかけて卑怯も何も……」と野次馬の見物人たちも呆れ顔だ。いつの間にか人垣ができるほど周囲に人が集まっている。白昼堂々、往来でこんな騒ぎを起こしているのだから当然だけど。

 ダリオが足をじたばたさせるたび、地面に鈍い音が鳴る。


「リュシアさん、大丈夫ですか?」

「え、ええ……ありがとうございます」


 私がようやく声を出すと、運搬責任者たちは安心したように頷いた。

 

 だけど、場の緊張が緩んだのも束の間、今度は馬蹄の音が近づいてくる。ああ、きっと見物人の誰かが衛兵の詰所に走ってくれたのね――そんな風に思ったのだけど、商会の前に現れたのは、衛兵ではなかった。


 光を柔らかく吸う紺の制服に、肩章と剣帯――騎士隊だ。

 その姿を目にし、周囲の野次馬にもざわめきが広がる。


「騎士隊って、酔っ払いの迷惑行為で来るような人たちじゃ……」

「普通、衛兵が対応するよね」

「なんで? 王族絡み? 誰か呼んだの?」


 数名の騎士が静かに降馬すると、深々と頭を下げた。


「大変ご迷惑をおかけしました。王宮騎士としてクラヴァン・トレード商会に対し、深くお詫び申し上げます」


 その口ぶりに、従業員たちすら目を丸くする。私も思わず目を瞬かせた。


 ――こんな酔っ払いのために、騎士が謝罪? しかも王宮勤めの騎士だなんて。


 野次馬の一人がひそひそとつぶやく。


「そうよね。あれこそが礼儀正しい本物の騎士って感じだわ」

「もしかして、件の男は騎士なのかしら。あんな恥さらしはクビにしちゃえばいいのに」

「腐っても王宮騎士だったから、身内の不始末として出てきたんじゃない?」


 耳に届くその声に、私もなるほど、と腑に落ちた。素行の悪いダリオが一般人に迷惑をかけたから騎士隊がわざわざ出てきてくれたのね。今までも問題があって「俺は騎士だ!」なんて衛兵を困らせていたのかも。

 

 ……ものすごくありえそうな気がして、思わず眉間にしわが寄る。


 私は黙ってその場を見守った。騎士隊の動きはあくまで礼儀正しく速やかで、後のことはこちらで処理します、とダリオを連れて行ってくれた。


 ふぅっと小さく息を吐き、周囲を見渡す。お騒がせしましたと頭を下げると、「とんだ災難だったね」「あんなやつが本当に騎士ならクビにして欲しいよな」と、多くの人がダリオの悪口を言いながら立ち去った。

 

 商会の人たちにも謝ると「あなたのせいじゃないよ」と皆が慰め気遣ってくれて……。

 

 ああ、私はひとりじゃない、と思うと勝手に涙がせり上がってきた。泣くことなんかじゃないのに、そのやさしさと温もりがうれしくて。

 

 目尻を指でひと拭いしてから、私はみんなと一緒に笑顔で建物へと入った。

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